初恋の人は人魚×アイドル!?
 〜放課後〜

 いつものようにれん兄と並んで一緒に帰宅する。
 れん兄の隣を歩く帰り道はドキドキしてワクワクして常に緊張する。
 でも楽しい、夢みたいな時。

 だけど……

「どうしたの?莉音。顔色悪いよ」
 そういって私の顔をのぞき込んでくるれん兄。端整な顔がすぐそこにきて思わず息を呑む。だけど⋯⋯
「れん兄、私⋯⋯ダメみたい」
 私、こんな素敵な夢をみれて本当に良かった。短いあいだだったけれど、れん兄とこうして過ごした時間は私の宝物だ。
「れん兄の隣にいる資格ないよ。こんな気持ちで」
 気づくと胸の中にいるあいつが、小さい頃から消えない想いが、無視できないくらい大きくなってる。
 私の腕を強くひき向き合うような形にするれん兄。その手にはいつになく力がこもっている。れん兄のこんな必死な姿は初めて見たかもしれない。
 れん兄はいつも冷静で優しくて余裕だから。
「莉音⋯⋯君がいてくれないと僕はダメなんだ」
 私のその先の言葉を聞きたくない。そんな想いが口にされずとも伝わってくる。
 うつむいていた顔をあげて真正面のれん兄を恐る恐る見やると、黒縁メガネの奥の黒い瞳がまっすぐにこちらを見つめてくる。
 再会してから私はこの瞳の冷たさもあたたかさも両方見てきた。
「でも」
「いいんだよ」
 強く言い切るれん兄に思わず口をつぐむ。
「君が誰を想っていてもいい。だから、行かないで⋯⋯」
 そういった連兄の瞳からホロリと涙が溢れた。
 れん兄が泣いた姿を見たのなんて初めてでれん兄って泣くんだ……。なんて思ってしまう。
 涙はとめどなく溢れてきてホロリとホロリとこぼれ落ちては地面に当たって弾けていく。
 れん兄はやりきれないような哀しみに包まれた表情で何も言わずに私の肩にそっと顔を埋めた。制服にれん兄の涙が染みていく。暖かい涙はやがて空気に触れて冷たくなっていった。
 何かにすがらないとその場に立っていられそうにない、そのれん兄の姿はまるで何歳も年下の子供のようだった。
 私がいなくなったら消えてしまうような一人の少年がそこには見えた。
 私は初めて彼の弱さを見たような気がした。
「⋯⋯⋯⋯」
 不思議なものだな。
 れん兄と付き合うことになった時は私が泣いていてれん兄に抱きしめてもらっていたのに、今は今にも崩れこみそうなれん兄を私が強く抱きしめている。
「⋯⋯わかったよ⋯⋯」
 気づくとそう言っていた。
 こんなの間違ってる。けど、私はこの人を見捨てることなんて出来ない。

 もう少しだけ、この夢の中でーー。




 翌日。
 ♪この気持ちを 伝えたら 君はどんな顔をするんだろう⋯⋯♪
 ともちゃんがスマホでガンガンかけているこの曲は好きな人への気持ちが綴られたバラード曲。
「はあ〜、なんていうか、胸に染みる歌声よね」
「はは、そ、そうだねー」
 実はそれ私の声なんだよねー。ついでにいうと昨日何を思ったか作詞作曲しちゃったんだよね。やばいよねー。なんて口が裂けても言えない。
 そもそもなぜこんなことになったのかというと⋯⋯。

 それは、昨日のこと。
「じゃあ⋯⋯。今日はごめんね。あんな情けない姿⋯⋯」
 そういって目線を逸らすれん兄。
 かっこいいな、好きだなって、すごく思う。だけど⋯⋯。
「ううん。れん兄もたまには弱いとこ見せていいんだよ。私なんていっつも情けない姿ばっかり見られてるし」
 そういって笑ってみせるとれん兄はいつもみたいに少し困ったように笑って
「⋯⋯莉音は大きくなったね」
という。
「そんなことないよ」
 実際そうだ。小さい頃から何一つ変わってない。れん兄への想いも、海で私を助けてくれたあの子への想いもーー。
「じゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
 そういって戸を閉める。

 その直後にれん兄が「でも、それでも君は僕の道具⋯⋯だから」そう辛そうな表情でつぶやいていたなんて知らずに⋯⋯。



「おかえり。遅かったじゃない」
 そう声をかけてきたのはキール君でもうパジャマになっている。
「ただいま」
「お母さんもう帰ってきてるよ」
「あっ、そうなの?今日ははやいね」
 そういって笑ってみせるとキール君に思いきり睨まれる。
「⋯⋯なんかあった訳?無理矢理作った作りものの笑み浮かべられても気持ち悪いだけだからやめろよ」
「へっ?⋯⋯あっははー、なんのことさ、少年。今日の夕飯はなにかな〜♪」
 後ろから聞こえてきた「気持ちわる⋯⋯」は聞こえなかったことにした。
 キール君は何かと察しがいいので色々とやりづらい。けど考え方を変えれば気づいてほしい感情にも気づいてもらえるので嬉しいかもしれない。
「ふふっ」
「何笑ってんの?」
 後ろを見るとキールくんのドン引きした顔があったので誤魔化すように笑ってリビングへ急ぐ。
「おかえり」
 そういって優しい笑みを浮かべる母さん。
「ただいま」
 お母さんは今までどんな気持ちで私を育ててくれたんだろう。ついこの間まで母さんに会うたびにそんなことばかり考えていた。
 けれど散々考えた結果、愛情をもって育ててくれたことはきっと違いない。だから血が繋がってるかとかそんなのも関係ない。
 ただ私が変に考えすぎてただけなんだって思えるようになった。
「姉ちゃんおかえりー」
 そういってキールくんにつづいてリビングにやってきたのは風雅。
 パンツ一丁で体から湯気を立ち上らせているところを見ると風呂上りなのだろう。
「パン一でこっちの部屋来んな」
 タオルでガシガシと頭を拭いている風雅には私の言葉なんて眼中にもないようでそのまま平然と席に座る。
 何度注意してもやめないので半分やけになっていたけれど今うちには新しい家族がいるのだ。こいつは初っ端からパン一野郎だと思われても構わないというのだろうか。
 しかしキールくんはさして気にした様子もなく自分の席につく。
 私もしぶしぶといった感じで風雅の隣、キール君の前の席に座る。
「いただきます」
 礼儀正しく手を揃え箸を持つキール君はなんだか可愛い。こうしてれば、だけど。
 一方「いただきま〜す」と言った直後に何の断りもなしに嫌いなトマトを全部私の皿にいれくる風雅は全然可愛いくない。
 そんな時あることに気がつく。
「なんで今日はこんなにはやいの?」
 今は六時十分。うちは親が夜まで働いてるのもあって夕飯のほとんどを子供は子供、大人は大人で、ばらばらに食べる。
 それに、母さんの仕事がなくて早めに食べる時だってこの時間ははやすぎる。
「キール君はいつも六時にご飯を食べて八時には寝るんですってよ」
 台所で洗いものをしている母がそういう。
「⋯⋯キールくんって小六だよね?」
「そうだけど」
 お茶碗を置くと軽くこちらを睨みつけてくる。
 小六の頃なんて普通に十時まで起きてたような⋯⋯。
 いや、何も言うまい。そう思うと私は夕食を食べ始めた。



 かくしてその後すぐに帰ってきた父、風雅や母さんも、キール君につられて九時には完全に就寝してしまった。




「眠くなんないや⋯⋯」
 私は一人、暗い部屋でテレビをつけてホットミルクを飲んでいる。
 部屋を暗くしても、ホットミルクを飲んでも、一向に眠気はこない。
「⋯⋯ナギ⋯⋯」
 テレビに映ったナギをみてギュッと締め付けられるように胸が痛くなる。
「待って、君はあいつのことが好きだっていうの?⋯⋯」
 どうやら恋愛ものらしいこのドラマはナギが片想いしている青年の役をしていた。
「ごめんね」
 悲しげにそういうとさりげなくナギの手をほどき駆けていってしまう相手役の女の子。
 そんな女の子が去っていった方を見て優しいけれど悲しみに満ちた表情をするナギ。
 私はどんな時も優しい笑みを崩さないナギが、その優しい笑みが、大好きだ。
「あ〜、もうっ⋯⋯」
 私は膝を抱え、かけていた毛布に顔を埋めた。

 どうすればいいんだろう、この気持ち⋯⋯。
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