初恋の人は人魚×アイドル!?
   『夢想 前編 〜ナギ〜』



「……あれ?……。ここ、どこ?……」
ふと気づくとどこかの公園のベンチに座っていて、その直前までの記憶が一向に思い出せない。そんな状況にボーッとする頭を抱えながら必死に思考を働かせる。
僕、こんなところでなにしてるんだろ。
とりあえず身の回りのことから状況を整理することにする。
服は普段着……というよりはちょっと意識したオシャレな格好だ。たとえるならデートに来たような、というか、デートにいくならこんな格好かなあなんて思って買った服。我ながら恥ずかしい理由だが。
ベンチの目の前の道沿いには紅葉した木々が生い茂っていて、澄み切った気持ちのいい空気があたりを漂っている。
空には橙色に染まった雲が漂い、紅葉で色づいた木々の間からは大きな夕日が顔をだしている。



これ……。なんだか思い当たることがあって、改めてボーッとする頭を働かす。
少しオシャレな格好をして夕日がさす自然豊かな人気のない場所にいる。
夢見ていた理想のデート。それもこんな状況で……。
「はあ…………」
大きくため息をつくと立ち上がる。
夢見すぎていよいよ一人でこんなところにきて、デートしてるような気分になって、気づいたら寝てたんだな。
なんていうか、我ながらすごい哀れ……。
はやく帰ろ。


「あれ?どうしたの、ナギ」
「え?…………」
歩き出してすぐに、そんな声がしてハッとして振り返る。
「莉音…………」
振り返ったその先には焼き芋の袋を抱えて不思議そうな表情を浮かべる莉音がいた。
服装はいつものパーカーにジーンズ、みたいなものじゃなくて毛糸のワンピースにハイブーツという普段の莉音から比べるとかなりオシャレな格好だ。
莉音がオシャレをしている。
たったそれだけのことで赤面してしまう自分。
そんな情けない自分を誤魔化すように口元をおさえながら、
「えっと、今ってなにを……」
とたずねる。
「は?……。焼き芋買ってくるから待っててって言ったじゃん。それに、今日は…………」
そこまで言うと頬を若干朱に染めて
「い、いいから、ほら、座ろ。焼き芋冷めちゃう」
という莉音。
そんな莉音の様子に心臓がバクバクと脈打つ。
最近は連斗からクスリをもらっていなかったが、余り物でも見つけて飲んだんだっけ?たまに副作用で直前のことをなかなか思い出せなくなったりしてたし……。
だとしたら……。
ゴクリと眉唾を飲む。
って、なに眉唾飲んでんだろ、僕。
変態みたいじゃん。
「それとも、帰るの?……」
一向にベンチに座らない僕をみて不安そうにそういう莉音にブンブンと首を横にふる。
「ち、違うよ!」
慌てて莉音の隣に座る。
右側に感じる大好きな人の温もりに自然と頬は朱に染まる。
そんな朱色に染まった頬を隠すようにうつむく。
「あっつ」
そんな声にチラリと莉音のほうを見やると湯気がわきたつ焼き芋を相手に莉音が苦戦していた。
どうやら焼き芋を二つに割ろうとしているみたいだ。
「莉音、僕が……」
そういった時には既に焼き芋は二つに割れていて差し出した手は宙をさまよいしまいには力なくおちる。
「?どうかした?」
焼き芋を差し出してくる莉音はいつも通りの莉音で、すぐに赤くなってうつむいていいところをひとつも見せられない僕もいつも通りで……。
なんだか、悔しい。
莉音から焼き芋を受取りながらそんなことを思う。
「ありがとう」
「いえいえ」
そういって躊躇いなく焼き芋にかぶりつく莉音。
「あっ…………あふい」
「ほら、ゆっくり食べなよ」
クスクス笑いながらそういってそっと莉音の背中をさする。
「ついつい……」
なんていって頭をかく莉音。

動揺させたい。

へ?今僕なんて……。

照れた顔がみたい。

うわあ、もうなんだこれ。
勝手に湧き上がってくる身勝手な感情に悶々としてくる。


どうすれば動揺してくれる?どうすれば照れてくれる?そんな普段はわかないような欲に満ちた疑問が勝手にわきでてきてはある答えにたどりつこうとする。
でも、それはーー。

「ナギもはやく食べなよ。冷めちゃうよ」
「…………」
「ナギ?どうかした?」
「莉音」
「なに?」
こちらを向いた莉音の瞳をまっすぐに見つめる。

僕だって男なんだから、これぐらいーー。

莉音の頬にそっと触れて徐々に顔を近づけていく。
莉音は少しすると僕の意図を汲んでくれたようでゆっくりと瞳を閉じ、頬を徐々に朱色に染めた。
可愛いな。
互いの顔が後数センチというところまで近づいて鼻と鼻が触れる。
そしてやがて唇に柔らかな感触がやってくるーー。
その瞬間に僕はギュッと目を閉じた。

好きな人とのファーストキスってどんなだろう。そんなことばかりを必死に考えながら。




「…………ん?…………」
いつまでたってもこないその感触に瞳をあけると目の前には真っ白い天井が見える。
「あ、ナギ起きた〜。なんか、顔赤いけどどうかしたの?」
そんな声がする方に顔を向ければソファに座ってお菓子かなにかをもぐもぐと口いっぱいにほおばるソラの姿があった。
どうやら、こちらが現実らしい。
まあ、当たり前か……。
「別になんでもないよ」
そう答えると瞳をとじて腕を目元にやる。
それにしても、さっきの莉音可愛かった……。なんであそこで起きるかなあ。もっと続き見たかった。
溢れ出してくるのは名残惜しさと後悔と気恥ずかしさばかり。
少なくとも今日一日は無意識のうちにあの夢を思い出してニヤけてしまうかもしれない。
「ああー、あともうちょっとでいいとこまで見れたのにー。でもこんな夢見るなんて僕って変態なんじゃ?」
思っていること全てを言葉という名の形にされ驚いて飛び起きる。
「あれ、まさかの図星?ナギってばいやらしいんだから」
なんてふざけた調子でいってくるのは僕のいるソファの右隣の椅子に座っているヨウ。
しまった……。ソラだけかと思ってたけどヨウもいたんだ。ヨウは人のちょっとした変化も見逃さないからなあ。
「そんなこと思ってないよ。それに、ヨウはこの間何人も女の子連れてたじゃん。そっちのほうが」
「うわあ、言い訳とかあからさまに怪しい!ナギってば、欲求不満?」
僕の言葉を遮りニヤニヤしながらそういってきたヨウに自分でもよくわかるくらいに顔を赤くして、
「ち、違うよっ!」
と答える。
しかし、そんな訴えも勢いづいたヨウが聞いてくれる訳もなく……。
「お父さ〜ん、うちのナギが」
と、音楽を聞いていたネクに話しかけイヤホンをはずそうとするヨウに慌てて
「ご、誤解だってば!」
と叫ぶ僕。
「ん?どうかしたのか?」
終いには寝ていたユータまで起きだす始末。
「なんでもないよっ!」
必死になってそういうもヨウは止まってくれない。
「ユータン、聞いてよ。ナギが」
「うわああぁぁぁっ!」
そんな僕の悲鳴が楽屋に響いた……。



マネージャーの木本さんが運転する車に揺られながら、車の外の移ろう景色をボーッと見つめる。
それにしても、あのあとは散々な目にあった。
あそこまでからかわれるとは……。


今は学校に向かってるところで、時刻は七時過ぎ。大抵の生徒は帰ってるようなこの時間に何故学校に行くのかというと
「ソラさんの課題も受け取ってきといてください」
そう、課題を取りに行くため。
ソラはラジオの仕事で行けないから僕が代わりにソラの分も持っていく。
別にそれは構わないんだけど、莉音に会ったらどうしよう。そればかりを考えてしまう。
もう七時だし、きっと大丈夫だ。
陸上部の大会はこの間終わったらしいし。よし、平常心。
「ここに停めておきますから、はやく戻ってきてください。次の予定もありますし」
木本さんにそういわれ、
「わかりました。急ぎます」
と答える僕。
校門近くに停まった車からでるとまっすぐ校舎に歩いていく。
チラリと目をやった校庭にはちらほらと人影はあるものの、陸上部の部活は終わっているようだった。
良かった。あんな夢を見た後でどんな顔して会えばいいのかわからないし、絶対挙動不審になるし顔赤くなるし。

けど、それでも……。
会いたかったな、なんて思ってしまうこの胸の暖かさ。
なんだか不思議だな。
そんなことを考えながら玄関に入る。
何十人もの生徒が上履きをぬぐその場所はムワーッとした一瞬鼻をおさえてしまうような臭いで溢れている。
しかしその臭いに眉をひそめたのも一時のこと。
一度臭いを感じたあとはさして気にならなくなる。
むしろ青春っぽくていいな、なんて思ってしまうんだけど、こういうのって皆んなそうなのかな。
……違うよね。こんなこと考えてるの僕くらいだな、きっと。
なんてどうでもいいことを考えながら靴を脱ぎ自分の下駄箱にいれる。
まだ全然汚れていないシューズを履くとなんとなしにそれをボーッとながめる。
真っ白の、傷も汚れもないシューズ。
僕が全然学校に来てない証だなあ。
今日取りに来た課題だって相当な量あるだろうし、木本さんに相談して学校に登校する日を増やしてもらおうかな。
そんなことを考えているうちに幾つか隣のロッカー前に人影が現れる。
チラリと見やったその人のシューズの、洗ってもとれないような汚れや少しくたびれた感じから毎日学校に登校してるんだな、なんて思う。
まあ、当たり前のことなんだけど。
「はあ……」
なんか今日はあの夢を見たせいか思考がボヤッとしてすぐに何かを考えだしては立ち止まってる気がする。
シャキッとしよう。このあと仕事もあるし。そう思って下駄箱の戸をバタンっと閉めると改めて歩き出す。
「あれ?ナギだ。ため息なんかついてどうかしたの?」
そんな声に一瞬胸を躍らせ一瞬どきりと驚きながら、顔をあげる。
「あっ、えっと、おはよう!」
下駄箱に手を突っ込みながらこちらをキョトンとした顔で見つめる莉音。
「おはようって、今夕方だけど?」
少し笑いながらそういうと下駄箱から上履きをだし、玄関先に置く。
そんな様を見やりながらこれ以上ないくらいの胸の鼓動で停止した思考をフル稼働させる。
ど、どうしよう。あの夢見た後で会うなんて絶対嫌だって思ってたのに。急激に体温が上昇していくのを感じながら、慌てて僕は言葉を紡いだ。

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