初恋の人は人魚×アイドル!?
『夢想 後編 〜ナギ〜』
「ごめん。寝ぼけてて……」
なんてソラでもないのに。
内心ではそう思いつつも言葉ではそういう。
「昼寝する為に休んだの?」
どこかからかい口調のその言葉に慌てて
「違うよ!仕事で」
という僕。
すると莉音はクスクスと笑って
「わかってるよ。ナギが学校をサボるような人じゃないくらい」
という。
その言葉がなんだかとても嬉しくて僕の胸はギューッとキツくなる。
なんだか今、すごくいい雰囲気。
……な気がする。
あくまで〝気〟だけど、いつもみたくアイツはでてこないし、喧嘩にもならない。
この機会に仲をーー。
ピンポンパンポーン
「えー、午後七時半を過ぎました。生徒の皆さんは速やかに下校してください」
ピンポンパンポーン
「うわ、はやく帰んなきゃ。じゃあね、ナギ」
「あ、あのっ、なんで莉音は部活終わったのにそこに?……」
「ん?あー、まあ、色々あってね。」
視線をそらしながらそういった彼女に、あまり深入りしない方がいいかと思い直す。
けどこの感じを見ると蓮斗と教室に残ってイチャイチャしてたのかな?……。
「蓮斗さんとはその、一緒に帰ったりしないの?」
つい不安になって蓮斗の名を口にだしてしまう。
「え、うん。今日はれん兄用事あるから先に帰ったの。」
「そっか……」
良かった。安堵と喜びがじんわりと胸に広がる。
そういえば、今日はなんの授業があったんだろう。
「今日って」
「あのさ、続きは帰りながら話さない?時間ギリギリだし」
僕の言葉を遮り紡がれたその言葉。
理解した途端心臓がドクドクと脈打つ。
それって、一緒に帰れるってこと……。
「ちょっと待ってて!急いで行ってくる!!」
「あとこれとこれね。」
「はい。ありがとうございます!」
担任の先生から課題等の書類二人分を受け取ると慌てて職員室をでて下駄箱へ駆け出そうとする僕。
だけどすぐに
「すまん!まだあった」
といわれ慌てて引き返す。
莉音、大丈夫かな?かなり待たせちゃってるし急がなきゃ。
「これな」
そういって担任の先生が手渡してきたのは二つ分のファイル。
「愛川のやつがさっきまで残って作ってくれてたんだわ」
そう言われて改めてそれを見ると、透明のファイルの中に何枚ものノートのコピーが入っていた。そこには莉音の字が一杯つまっていて、所々に色ペンでわかりやすいようにポイントまで書かれていた。
それを見て胸がジンとあたたかくなるのとともに苦しくなる。
莉音はわざわざこれを僕とソラの為に作ってくれてたのに蓮斗と教室に残ってイチャイチャしていたのかななんてそんなことを思っていた自分がひどく恥ずかしい。
「ありがとうございます」
僕はもう一度そういうと改めて下駄箱へ駆け出した。
「お待たせっ」
昇降口をでて息を切らしながらそういった時には僕の腕時計は既に七時四十分を指していた。
昇降口が閉められていなくて良かった……。
「お疲れ〜」
そういうと笑みを浮かべ何気なく歩き出す莉音。
「あれ?行かないの?」
少し歩いてからこちらを振り返ってそういう莉音にハッとして
「あ、ああ、うん!今いくよ!」
そういって慌てて莉音の隣に行く。
改めて思ったんだけどなんだかこれって彼氏彼女みたい……だよね。
そう考え出すと自然と頬が熱くなってきて僕は慌ててその考えを頭から振り払ったのだった。
海沿いの道を歩きながら莉音と何気ないことを話す。
あたりは暗くて所々にある街灯や通りすがりの車のライトが時節僕らを照らすけれどほとんど明かりがないに等しく月のやわい光だけが海に反射しながら僕らを照らしている。
「あ、そういえばノートありがとう」
「え、ああ……あれね」
そういうとどこか照れたように頭をかく莉音。
「先生には誰がやったかは言わないでくださいねって言ったんだけど」
「そうだったんだ。なんか、ごめんね」
「いや、いいんだよ別に。私、ほら、字汚いからあんまり知られたくないなあとか思って」
そういうと気まずさをごかすようにサブバッグを抱きかかえる莉音。
「そんなことないよ。それに一目見ただけで莉音の字だってわかったし。どれだけ書類があっても莉音が書いたものがあったらすぐにわかるよ、僕」
って何をいってるんだろう、僕は。
どこにいても君を見つけ出すよみたいなクサイセリフの方がまだマシな気さえしてくる。
ほんと、莉音の前だと何もうまくいかない。
夢の中だとあんなにうまくいったけどそんな雰囲気も全然ないしグダグダ変なこと喋っちゃうしこんなんじゃあプラスどころかマイナスなんじゃ……。
「そこまで言われるとなんか照れるっていうか……。でも、ありがと、ナギ」
そういってふいにクスリと笑う莉音。
フワッと僕の鼻先をかすめた髪の毛の花のような香りが鼻腔をくすぐる。
「う、ううん、どういたしまして」
そこから僕らは何も喋らずに歩き続ける。
でもその沈黙は全然堅苦しいものじゃなくて、むしろ心地よいような胸の奥がじんわりあたたかくなるようなそんなもの。
最初は何かしゃべらなきゃって切羽詰まってよく見えてなかった景色も段々とロマンチックに見えてきた。
暗闇の中で通り過ぎる車のライトや街灯や月や海や全部が。
ふと莉音の方を見やる。肩あたりまで伸びた茶髪に隠れて表情はよく見えないけれど少なくとも今この空間を嫌がっているようには見えない。
動揺させたい。
ふと湧き上がる欲求に自分でも驚く。
いやいや、これは夢の中じゃないんだから。
そんなの……
照れた顔が見たい。
もっとこっちを向いて欲しい。
触れたい。
そんな気持ちたちが次々と顔をだしてきて、理性によるツッコミも追いつかなくなってくる。
夢でできなかった分現実で、なんて、許されるのかなーー。
「莉音」
「ん?」
僕は立ち止まって莉音の方を向く。
莉音もそれに合わせるように立ち止まってこちらを向く。
「どうしたの?」
「ゴミ……ついてるから」
そういうと手汗がにじんできた手の平をさりげなくズボンでふいてから震えるその手を莉音の頭に持っていく。
自然と近くなる顔の距離。
「ああ、ごめんね。」
そういって頭を下げようとする莉音に
「大丈夫。もうとれたから」
という。
ほんとはゴミなんてついてなかったんだけど。
「ありがとう。……あの、もう手下ろして大丈夫……じゃない?」
戸惑ったようにそういう莉音。
ここだ。ここで勇気をだすんだ、ナギ。
ここで勇気をださなきゃ絶対後悔する。
「あの、ちょっと目閉じてくれる……かな」
「え?」
「ほら、今度はまつげにゴミがついちゃったみたいで」
「そうなの?なんかごめんね」
そういってゆっくり瞼を閉じる莉音。
よし。準備は整った。あとは僕が勇気を出せるかどうかーー。
ゆっくりと近づける顔。鼻と鼻がかすかに触れて次の瞬間ーー。
ブウウウウウウウウゥゥッ
すごいクラクションの音が鳴り響き飛び上がる僕と莉音。
何事かと辺りを見渡せばすぐそこに見覚えのある車が止まっていた。
「ナギさん!」
「あ……木本さん……」
さっきとはまた違った意味で心臓がバクバクしてくる。
そういえば次の仕事のためにも迎えに行くから学校前で待ってるようにって言われたんだった。
すっかり忘れてた……。
と思ったらヒューヒューという野次のような口笛が聞こえてくる。
その音がする方を見やれば後部座席に乗ってるヨウが窓を全開にしてそんなことをしていた。
……まさか見られてた?!
そう考えた瞬間ボッと熱くなる体。
「莉音ちゃん今ナギが何しようとしてたか」
「わーーっ!わーーっ!!」
ご丁寧に状況説明しようとするヨウの声を遮ると慌てて車の方に駆け寄る。
「莉音、送ってけなくてごめん!あと今日はありがとう」
振り返りざまにそういうと莉音はニコリと笑ってみせる。
「うん。こっちこそありがと」
そういって。
僕はそんな莉音を見て目を細めると慌てて車に乗り込む。
「……飛ばします」
うわあ……。これは完全に木本さんお怒りだよ。あとから木本さんの好物を買ってプレゼントしよう。
なんとか空いてる席(一番後ろ三人掛けの席の真ん中)に座ると一息つく僕。
だけど一息つく間もなかった。
「ナギ〜、さっきは莉音ちゃんと一体なにをしてたの〜?」
「ほうだよ。はんはの」
「ソラはちゃんと口の中のものを飲み込んでから喋って。あとあれはただゴミをとってあげてただけでなんでもないよ」
そう早口で答えるもヨウとソラの好奇な目はこちらに向けられたまま。
「え〜、そうかなあ」
「ほうかやあ」
「もう、二人してやめくれないかな」
耐えきれずそういうと
「そうだぞ。いい加減黙って今日の台本に目を通せ。どうせまだ見てもいないんだろう」
という呆れた声音のネクの言葉が発せられる。
それにソラとヨウは図星だったのか素直に返事をする。
良かった。やっと解放されたよ。
ネク、ありがとう。
ユータは隣で寝てるし、もう色々ちゃかされることはなさそう。とりあえず今日は……。
なんてそんなことを思いながらまだポカポカする胸をおさえる。
現実でもお預けだったけど、莉音との距離少しは縮められたかなーー。
そんな思いをかかえながら僕の一日は穏やかに終わっていくのだった。