溺愛オフィス
見上げると、桜庭さんの傘を持たない左手には、コンビニの手提げ袋。
よく見れば、桜庭さんの格好も、ボーダーのカットソーに淡いグリーンのシャツを羽織っていて、いつもよりカジュアルだ。
桜庭さんが「いいから立て」と、私の手に傘を持たせる。
「えっ、あの……悪いですから」
私の代わりに雨に濡れていく桜庭さん。
鉛のように重く感じていた腰が思わず上がって、私は、背を向けて歩き出した桜庭さんに駆け寄った。
「桜庭さん、傘──」
「すぐ着くから俺のことは気にしなくていい。蓮井が使え」
……と言われても、さっきよりも強く降る雨にお言葉に甘えることも出来ず。
私はなるべく桜庭さんに雨が当たらないようにと、傘を持つ腕を伸ばし、彼を雨から守りながら歩いた。
途中、桜庭さんは何度か私に「お前が濡れるだろ」と、傘を押し返したけど、それでもまた差し返して。
そんなことを繰り返しながら、どこに向かっているのかもわからないままで、雨の街並みを歩く。
やがて、桜庭さんの足が高級そうなマンションのエントランスに向かった。