溺愛オフィス
針はそろそろ午後九時半に差し掛かる頃。
もしかして、直帰に変更したんだろうか。
そんな考えが過ぎって、私は鞄から愛用のスマホを取り出した。
桜庭さんからは、着信もメールも届いていない。
私はチラリと窓に目をやる。
オフィスの窓には、まだ雨粒がポツポツと当たって弾けていた。
天気予報では、今夜は一晩中降り続けるとあった。
あまりひどくならないうちに帰ろう。
今日の結果は、明日出社したら聞けばいいんだから。
そう思い、片付けると私は鞄を手にして席を立った。
エレベーターで1階に下り、人気のないエントランスを歩いて。
折り畳み傘を開き、ビルから出た瞬間。
「お前は頑固すぎる。KAORIを見習うのも手だろ」
聞き覚えのある声と名前が聞こえて、私は雨の景色を見渡した。
すると、ビルの前に一台の黒い車が停まっていて。
よく見ると、後部座席の開いたウィンドウから、社長の姿が。
そして、車の傍に立ち、傘もささず肩を濡らしながら社長と話しているのは……
「アイツのどこに見習うところがあるんだよ」
桜庭さんだ。