溺愛オフィス


針はそろそろ午後九時半に差し掛かる頃。

もしかして、直帰に変更したんだろうか。

そんな考えが過ぎって、私は鞄から愛用のスマホを取り出した。

桜庭さんからは、着信もメールも届いていない。

私はチラリと窓に目をやる。

オフィスの窓には、まだ雨粒がポツポツと当たって弾けていた。


天気予報では、今夜は一晩中降り続けるとあった。

あまりひどくならないうちに帰ろう。

今日の結果は、明日出社したら聞けばいいんだから。

そう思い、片付けると私は鞄を手にして席を立った。


エレベーターで1階に下り、人気のないエントランスを歩いて。

折り畳み傘を開き、ビルから出た瞬間。


「お前は頑固すぎる。KAORIを見習うのも手だろ」


聞き覚えのある声と名前が聞こえて、私は雨の景色を見渡した。

すると、ビルの前に一台の黒い車が停まっていて。

よく見ると、後部座席の開いたウィンドウから、社長の姿が。

そして、車の傍に立ち、傘もささず肩を濡らしながら社長と話しているのは……


「アイツのどこに見習うところがあるんだよ」


桜庭さんだ。


< 203 / 323 >

この作品をシェア

pagetop