溺愛オフィス


"あの子"とは、多分私のことだろう。


むかつくからという理由は、松岡さんも初めてKAORIさんから聞いたらしい。

桜庭さんが帰ったあと、何故そこまで腹を立てているのかを尋ねたら、KAORIさんは『うるさい』と一蹴して口を閉ざしてしまったようで。


「正直、事務所としても度々トラブルを起こす彼女の扱いには困っていて……」


松岡さんは言葉を零し、ハッとする。

そして、ここだけの話にしてくださいと慌てて言った。

もちろん言いふらすつもりなんてないので、しっかりと頷く。


にしても……協力したくない、かぁ。

そう言われても、辞めるという選択肢は私にはない。

もちろん、桜庭さんにもないだろう。


ただ、ここまで突っぱねられてしまうと、もう諦めるしかないのではと、弱気な自分が顔を出しかけて、私は慌てて姿勢を正す。


諦めてしまうのは簡単だし楽だ。

だけど、それは引っ込み思案だった昔の私に戻るような気がして。


変わりたいと願った時の気持ちを、思い出す。

それから、この業界に飛び込むきっかけとなった、あの素敵な女性のキラキラした姿を心に浮かべれば。

少しだけ、気持ちが奮い立つ。

奮い立ったけれど……

これだけ説得しても、取り付く島もない状態。


ギリギリまで足掻くとはいえ、そのギリギリの期限はもう……


間近に迫っていた。




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