溺愛オフィス


やがて、ゆっくりとブレーキがかかり、車が停まる。

私の住むアパート前に到着してしまったのだ。


「ありがとうございました」


桜庭さんと過ごす時間が終わってしまうことに未練を感じながら、シートベルトを外す。

すると、桜庭さんの声が「蓮井」と私を呼んで。

視線を彼へと移すと。


「変われたかどうか、試してみるか?」


桜庭さんは言いながら、私に手を差し出した。

応接室での出来事を思い出し、彼が何を試そうとしているかを悟る。

案の定、桜庭さんは「ほら、手」と催促してきた。


「た、試すも何も、前もしたじゃないですか」


桜庭さんの手に触れるのは嫌じゃなかった。

それは今だって変わってないはず。

……というより、嫌じゃないけど、前と今とでは私の気持ちが変わっている。

だから、どちらかというと触れたい気持ちはあるけど、意識し過ぎてどうなってしまうかわからないわけで。

なので、恋愛経験の少なすぎる私としては、どうしたらいいのかと半ばテンパり気味に考えあぐねていたら。


< 286 / 323 >

この作品をシェア

pagetop