溺愛オフィス
「桜庭さん、海外行ってそっちで仕事するんだって」
桜庭さんが海外で仕事。
そのキーワードに、私は思い当たることを口にする。
「それって、出張でしょ?」
それなら私もチラリと聞いた。
来週から二週間ほどバイヤーと一緒にニューヨークに行くんだとか。
そのことかと思ったのだけど、壮介君は首を縦にも横にも振らず。
「表向きはね。でも、ホントは違うんだって。桜庭さんは、そのまま帰って来ないんだってさ」
唐突に、予想もしなかったことを教えられた。
桜庭さんが、帰って来ない?
理由は?
会社を辞める、ということ?
疑問ばかりが沸いてきて。
「……桜庭さんから聞いたの?」
壮介君に確かめても、彼は歩く桜庭さんの背中を無言で見つめるだけ。
誰から聞いたかは話せないのかもしけないと思い、私はそれ以上追及するのを止めて。
夏空の下にそびえ立つ、涼しいオフィスビルの中へと入っていった。