溺愛オフィス


あの時の彼はそれなりに優しい人だった。

父とは違うはずなのに、小さな頃から毎日怒りをぶつけられていたせいで、男性に対して妙に心と体が強張ってしまうようになってしまった。

でも、そんな自分は嫌で。

変わりたいと願い……普通に話せるようにはなれた。

だけど、それ以上はまだ慣れなくて、何度前を向き、何度挫けてきたか。

今回も、桜庭さんは何も悪くなかったのに。

助けてくれたのに。

……せめて、自分を守ってくれた人にはあんな風にしたくない。

まだ少し震える手をギュっと握る。

すると、隣の席に座る壮介君が「柊奈さん?」と、声をかけてきた。


「な、なに?」

「や、なんかあったのかと思って」


彼の視線の先には、強く握られた私の拳。

私は力を緩め、笑みを作った。


「なんでもないよ?」


私の答えに壮介君は「……なら、いいけど」と少し違和感を感じている様子を見せつつ、自分の仕事に戻った。

深く問い詰められることがなくて、私は安堵で肩の力を抜く。


けれど、その直後。


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