溺愛オフィス
ここを桜庭さんが通ってしまっていたら、もう会えない。
気持ちばかりが焦るせいで視点が定まらず、桜庭さんがいたとしても、ちゃんと見つけられるかも怪しくなってきて。
いっそ、彼の名を叫んでしまいたい焦燥にかられた瞬間──
"蓮井"
桜庭さんの声が、聞こえた気がした。
もしかしたら幻聴ではないのかと、不安な気持ちで彼の姿を探し振り返ると……
「どうしてここにいるんだ?」
そこ立っているのは、確かに桜庭さんで。
「さく、らばさん……良かった……」
まだ、いてくれた。
気が緩み、鼻がツンとなるのを感じて、私は唇を噛み締めた。
そんな私を桜庭さんは不思議そうに私を見つめ、仕事でトラブルでもあったのかと問いかけてくる。
「違うんです。仕事は順調で、順調じゃないのは私の心で……」
どうやって伝えたらいいんだろう。
話したいこと、聞きたいこと。
ここに来るまでに、色んな言葉が浮かんでいたはずなのに。
桜庭さんを前にしたら、全部わからなくなってしまった。