溺愛オフィス
「それじゃ行くか」
桜庭さんはそう言うと、自然な流れのように私の手をとり、指を絡める。
ようやく慣れてきた手を繋ぐ行為と彼の体温に、トクリと心臓が反応して。
私からも、キュッと握り返した時だった。
「あの子、結局正体掴めてないらしいねー」
「そうなんだ。可愛いよね。名前くらい知りたいな」
「"CaN Do"の店員さんにも聞いたけど、店員さんも知らないんだって」
買い物帰りの若い女性二人の会話が聞こえて、私はギクリとしてしまう。
桜庭さんも聞こえていたのか、クスッと笑って。
「だってさ」
からかうような視線を私によこした。
実は、ずっと見ないようにしていたのだけど……
今から渡ろうとしているスクランブル交差点の向こうには、"CaN Do"の巨大広告看板が飾られているのだ。
私がモデルとして起用されている、あれが。