ハル


がたん、と大きな音。続いてパリンとガラスの割れる音がする。一瞬何の音かと思案し、ソウははっとして二階に目を向けた。


それからすぐに火を消し、二階へと走る。その間に聞こえてくるのは、何か悲鳴のような声と、それを止める誰かの声。ばたん、と音を立てて蹴破るようにドアを開ければ、目の前の光景に驚く。たたらを踏んだソウに、ガラスの破片が飛んでくる。それがソウの腕を掠めて朱が溢れる。


「イヤ、イヤ! 止めないでよサク! 死なせてよ!」

「やめろナノ! お前だけの身体じゃねえんだ!」

「ナノねえ、やめてよおっ」


自死しようとしている少女と、それを止めているサクという青年、幼い子供の声。手にはガラスの大きな破片が。見ると、窓は見事に割れている。これか、と思ってからソウは子供に視線を戻す。


子供にゆっくり近づいていくソウ。そうして手を伸ばせば届く、というところまで来てから、なあ、とソウは呼びかけた。


「誰か話できるやつ、出て来れるか」


子供と視線を合わせた。動きを止めた子供のその手は、血で真っ赤に染まっている。


「サク、ナノを抑えててくれ。他の子、おいで。大丈夫だから」

「……っ、」


怯えたような表情。ソウから距離を取り、子供はベッドの隅へ逃げる。どうやら誰かが出てきてくれたらしい。


「……ハル」


消え入りそうな声が、言葉を紡いだ。ハル、と繰り返して、ソウは再びハル、と優しく呼びかける。


「俺は、ソウ。……ハル、飯食えるか?」


ハルは少し悩むようなそぶりを見せてから、こくりと頷いた。ハルを一人ここに残していくのは憚られたけれど、かといって連れて行くのも危ないだろう。今のハルは、何をするか分からない。


そっか、と優しく笑顔を見せる。部屋に一人ハルを残し、ソウは階下へと降りる。あと少しだけだった支度を終わらせると、ソウは作り終えたお粥を持って部屋へ戻る。ハルは相変わらずの体勢で、ベッドの隅に座っていた。


ハル、と声を掛ける。ちらり、こちらを向いたハルは、先程より幾分か怯えの表情を解いている。机の上に器を置くと、ソウは再度ハル、と呼ぶ。


「手ぇ見せてみろ、痛くないか?」

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