オカンとたっくんの心霊事件簿
『オカン、大丈夫?』

心配そうにたっくんがのぞきこむ。

「だ、大丈夫…。」

ふぅーと深呼吸をし、私は立ち上がる。

「ちょっと、お手洗いへ…。」

普段ならトイレ!とか便所!とか言うのだが、イケメンな他人がいるのでちょっと気を使ってお手洗い…なんて言ってみる。

『いってらっしゃーい。』

佐々木さんがニコニコしながら手を降った。


なんてことだ…。

たっくんが見えるようになったと喜んだのも束の間、他の霊も見えるようになるというおまけ付きとは…。

【君は霊感が強いんだよ。】

あの言葉が胸に突き刺さる。

本当だったのか…。

たっくんを見えるようになりたいと願うこと=霊が見えるようになりたいということになったんだ…。

ちらりとたっくんを見ると、たっくんも私を見てニコッと笑った。

ヤバイ…可愛い…!!可愛すぎる…!!

もう、他の霊が見えるなんてどうでもいいやーと思えるほど、たっくんの笑顔は天使の笑顔だった。

たっくんの笑顔に癒されたままトイレのドアを開けた私は、またまた声にならない悲鳴をあげることになるのだった――…。


蓋のしまったトイレの上に、体育座りをしている女性がいた。

「なっ…なっ…なっ…、なんなの…っ!!」

女性は表情ひとつ変えることなく私を見つめている。

黒い長い髪がよく似合う、 なかなかな美人さん…。

じゃなくてっっ!!!

佐々木さんといい、彼女といい、我が家はお化け屋敷なのっ!?

『あ、ごめんなさい。トイレ、使いますか?』

女性はハッとし、慌ててトイレの蓋からおりた。

いやいやいや!そういうことじゃなくて!

『あ、シズルさん~。ここにいたんだね。朝はトイレにいちゃダメだよ~。皆、朝はトイレ使うんだから。』

たっくんが女性に向かって言った。

たっくん…彼女とも知り合いなのね…。

『たっくん、ごめんね…。気を付ける…。』

女性は小さく『ごめんなさい』と私に言うとトイレから出ていった。

『オカン、これで安心してトイレ使えるね!』

満面の笑みでたっくんが言った。

いや…、トイレ行きたいの引っ込んだから…。

結局、用を足すことなくリビングへと戻る私。

皆、朝食を終え、仕事と学校へ行く準備もすんでいた。

「オカン!トイレ遅せーなー!う○こかよ!!」

ゲラゲラ笑いながらリョウが言う。

下品な言葉を使うな!!何よりも、何よりも…、貴様のせいで可愛いたっくんが私のことを【オカン】と…!!

思わずリョウを睨み付ける。

「…お!?な…、なんだよ…。オ、オレ、そろそろ行くからなー!!アキ、ほら、行くぞ!」

慌てて視線をそらし、アキへと声をかける。すでに準備をすませてるアキはリョウと一緒に玄関へと急いだ。

私が玄関へと向かう前に「んじゃ、いってきまーす!!」と元気な声とともに、二人が玄関のドアをしめる音がした。

「全く…!怒られそうな気配を感じるとすぐ逃げるんだから…!」

そんな私を見て、夫はクスクスと笑っていた。

「今日は元気そうで安心した。」

スーツのネクタイをしめながら夫が言った。

「え?あ、うん。…いつまでも落ち込んでられないから…。」

小さく握りこぶしをあげ、私は笑った。

「…うん、良かった…。無理はしないでいいから…。」

夫はカバンをもつと、私のおでこに軽くキスをした。

「出来るだけ早く帰ってくるから。ゆっくり休んでて。」

そう言うと「いってきます。」といって夫も仕事へ行ったのだった。

夫の優しさに浸っていると

『かっこいい旦那だねぇ~。やるねぇ~。』

テレビの前のソファーから、ニヤニヤしながら佐々木さんが見ていた。

「なっ…!!見てたの!?」

『見てたというか、見えたというか。いっておくけど、俺はずっとここにいたから。盗み見た訳じゃないからなー!』

疑われてはたまらない、というような口調で佐々木さんが言った。

「別に疑ってないし…。」

私は佐々木さんからキッチンへと視線を移す。

朝食や後片付けもすっかり済んでいる。

私の朝食だけが、リビングのテーブルの上に残されていた。
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