ストックホルム・シンドローム
翌日も、翌々日も。
沙奈と過ごす幸せな日々は、時間は、緩やかに流れていく。
「沙奈。…僕の愛は重いと思う?」
沙奈の寝転ぶベッドのふちに座り、僕は彼女に問いかけた。
沙奈は「わからない」と呟いただけで、僕は目を瞑る。
沙奈はチアキじゃない。
沙奈は、優しく、僕の愛を包んでくれるはずなんだ。
「…こんな言葉があるんだ。『愛というものは、吊り合って初めて愛と呼べる』…本当に、そうなんだろうか」
昔何かの本で読んだ登場人物のセリフを記憶の隅から引っ張り出し、僕はひとりごちた。
彼女に顔を向け、僕は訊く。
「ねえ、沙奈。愛してるよ。君は?」
沙奈はいつもこの質問をすると、なぜかその魅力的な唇を結ぶ。
愛している。
そう言ってくれるだけで、良いのに。
そう言ってくれるだけで、僕の心は満たされるのに、どうして?
「…沙奈。君は、僕のことが嫌い?」
そう訊くと、沙奈は十秒ほど迷ったように黙り込み、やがて、左右に首を振った。
「…嫌いじゃない」
「そっか。…良かった」
そっか。
…そうなんだ。
理由もわからず僕は安堵し、胸を撫で下ろした。