ストックホルム・シンドローム
「…チアキなんて、僕は知らない」
「ウソ。…前、言ってたのに」
「うるさいな。知らないってば」
「じゃあなんで、この間…」
「うるさいうるさいうるさい!黙れ!」
彼女の声に耳を塞ぐ。
どうして沙奈の口から、あいつの名前が
出てくるんだよ…!
君の口から、あんな…あんな奴のこと、
聞きたくなんてないのに。
沙奈は口を閉じ、部屋の中に流れ出したのはさっきまでとは一転した気持ちの悪い空気。
あぁ…なんで?
冷や汗が、身体中から、噴き出してくる。
なんで沙奈が、チアキを…。
「…チアキのこと、なんで知りたいんだよ」
自分から出た声はいつもより低く、それが僕自身から出た声だとは、思いたくなかった。
「…だって、その…」
何かを言いあぐねて、沙奈は口を閉ざす。
そして彼女はしばし口ごもった後、とつりと、言葉を、紡いだ。
「…あなたのことを、知りたいから」
「…え?」
僕は沙奈を、凝視する。
「あなたのことが、知りたかったから」
沙奈は二度、繰り返した。
…沙奈が僕のことを?
…沙奈が?
――知りたいから。
沙奈は、確かに、そう言った。