ストックホルム・シンドローム
チアキはよく笑うし、たまに疎ましがられる時もあったけど、優しい人だった。
…優しい人だと思ってたんだ。
思い込んでいたかった。
遊園地や水族館、映画館でデートをしたりした。
僕の家にチアキが上がったり、その逆、チアキの家に僕が上がってテスト勉強をしたりもした。
『好きだよ』って、毎日毎日、チアキに伝えていた。
けれどある日、チアキの友達からこんな噂を聞いたのさ。
『チアキ、浮気してるよ?』ってね。
え、信じたかって?
まさか。
…そう簡単には信じられなかった。
あんなにも愛しいチアキが、別の男と付き合ってるだなんて…あり得ない。
僕は自分に言い聞かせていた。
でも、見てしまったんだ。
チアキが僕に、今日はデート無理だよって言った日に、街の中を別の男と歩いてるとこ。
お世辞にもガラがいいとはいえない奴。
…嘘だって思ったよ。
あれは友達と歩いてただけって何度も自分に言い聞かせようとした。
…けれど一度もたげた疑惑は、僕の意思に関係なくどんどん膨らんでいって。
…ふと、思い出したのさ。
チアキが、ガラの悪い男と歩いていた時の笑顔を。
――僕の時のような作り笑いじゃない、
その何倍も輝いていた笑顔だった。