ストックホルム・シンドローム
沙奈と暮らし始めてから、何日が経っただろう。
キッチンでコーヒーを飲みながら、僕は初めてみた沙奈の笑顔を想起する。
あれから三ヶ月。
過ぎ去っていく、穏やかで幸福な毎日。
沙奈にもコーヒーを持って行ってあげようかと思い立ち、僕は飲みかけのカップを置いて、もう一つのカップを棚から取り出した。
沙奈が好きなのはなんだっただろう。
僕はブラックだけど…沙奈は確か、ミルクを少量だった気がする。
沙奈は、あの日…チアキのことを教えた日から、自発的に僕に話しかけてくれるようになった。
「…沙奈」
コーヒーの粉に白湯とミルクを注ぎながら、僕は彼女の名を呼ぶ。
コーヒーを持って行ったら、沙奈は喜んで飲んでくれるだろうか。
マブカップを両手に、僕は沙奈の待つ部屋へと向かった。
「沙奈、コーヒーを…え?」
扉の外から沙奈に声をかけようとして、僕は口を塞ぎ、耳を澄ませた。
…なにやら、途絶えることもなく、手錠の揺れ動く音…金属音が鳴っている。
それは、籠に閉じ込められた
鳥が主人に抗うかのような、騒がしさ。
…どうしたんだ?
僕は動きを止め、中の様子を探る。
二つのコーヒーカップからさしのぼる
湯煙の芳しい香りが、嫌に鼻をついた。