ストックホルム・シンドローム
…沙奈は何をしてるんだ?
眉をひそめるけれど、中の様子は、どれだけ耳を傾けてもわからない。
金属音は、やまない。
それどころか、時間が経つごとにその音は強く大きくなっていく。
…まさか、沙奈が…僕から…?
最悪の想像をしてしまった僕はいいようのない恐怖を感じ ためらいもせず鍵を開け部屋の中に踏み込んだ。
…そこで僕が目にしたのは、手錠を外そうともがく――沙奈の姿だった。
「…さな…?…いったい…何を…?」
僕の声に反応し、沙奈は一瞬身体をわななかせ、動きを止めた。
「…さな」
再び名前を呼ぶ。
微動だにしない沙奈。
奇妙な雰囲気が二人の間から溶け出し、不気味に部屋を満たした。
ある可能性が思い浮かび、マグカップを持つ手が揺れ、茶色い水面が不安定に波打った。
震える、水面。
震える、手。
震える…沙奈は、もしかして――。
「…沙奈、まさか…逃げよう、と」
「…ねぇ」
僕の声を遮り、沙奈は芯のこもった声で言った。
「目隠しを…手錠を、外してほしいの」
「…え?」
カップから、
少量の琥珀色の液体が滴り落ちた。