ストックホルム・シンドローム
「…どうして?…言ったじゃないか、僕は顔を見られるのが…」
僕自身の声帯から絞り出した声も、どこか震えているように思える。
どうして僕は、こんなにも震えているのだろう。
僕は震えている、なんで?
カップからコーヒーがこぼれ出し、両の手に熱い水がつく。
それでも。
今は、気にならない。
伝い落ちるしずく。
「それに、手錠を外して、君が…」
「…なの」
「…え?なんて…」
彼女は口を開く。
沙奈の沈静な口調が、動揺する僕の耳に入った。
「好きなの、わたし。あなたのことが」
――二人きりの部屋に響く。
僕らのことを、第三者の目で見ているような気になる。
うろたえる僕と、ベッドの上で微かに金属の音をならす沙奈。
「…うそだろう?」
息が詰まり、口を突いて出たのは、思ってもいない言葉だった。
「…僕のことが?」
状況をうまく自分の中で消化できないし、頭が追いついていかない。
沙奈が僕のことを…。
「好き。だからお願い、手錠を外して。
わたし…あなたに触れたい」
沙奈の声が僕の思考を奪っていくような、そんな気がした。