ハートブレイカー
あれは一夜の過ちだった。
いや、私にとっては人生最良の一夜だったと言うべきか。
あのとき彼は、初めて私を一人の女として見てくれた。

『・・・もっと愛美(まなみ)の声、聞かせて』

彼はいつも、社内では淡々、そして飄々としている。
表情というものを頑なに表に出さず、ポーカーフェイスを死守している。
それでも彼の表情に冷たさを感じる人はいない。
だからといって、ものすごく温かみを感じるというわけでもない。
「氷」という字がつく苗字に似つかわしくないくらい、穏やかさというか、落ち着きというか、頼りがいというのか。

彼、氷室朔哉(ひむろさくや)は、そういう雰囲気を醸し出している人だ。
だからなのか。
彼は、27歳のとき中途採用されたにも関わらず、それから3年後の彼が30歳のとき、営業1課の課長に最年少で昇進したのだろう。

なのにあのときは違った。

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