ハートブレイカー
どれくらい時間が経ったのか。
スマホはオンにしたまま、スピーカーに設定している。
直哉の泣き声や「ママぁ」という悲痛な3歳児のしゃがれ声が、車内に、俺の耳に響き渡る。
瞬間テレポートできない自分がもどかしい!

・・・落ち着け、自分。
ここで焦ったところで、1分でも早く着くわけじゃない。
イラつきながら左手で髪に触れたとき、不意に思い出した。

いや、思い出してしまった。

『不思議』
『何が』
『・・・柔らかい。ひげはチクチクしてかたいのに、朔哉(さくや)さんの髪は、とても柔らかい。男の人って不思議だよね』

やばい。

今はかき上げる長さもない髪を、左手でグシャグシャとかき乱した。
俺の髪を梳いた、あいつの手の感触を思い出すまいと思って、短く切ったのに・・・。

「パパ!」

そのとき直哉の声で、俺はハッと我に返った。
感傷に浸ってる場合じゃない。
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