暗闇と炎
5、前
5.
目を開ける前から、
なぜか幸せな気持ちでいっぱいだった。
最初に目に飛び込んできたのは
散らかったおもちゃだった。
ここがどこだか分からない。
でも、知らない家のはずなのに、
何がどこにあるのか、
考えなくてもわかった。
まるで、
前から知っていたかのようだった。
ふと、棚の上に写真があるのに気づいた。
でも、
その写真に写っているのが誰なのか、
それが分からなくても
この場所にあふれる幸せの源は
その写真のようなきがした。
もう一度、最後の質問を思い出した。
自分が誰かなんて、
今となっては証明できないことだ。
幼い頃は、確かにおれはおれだった。
いつかお母さんは、
隼人は喋るのが好きね、と言った。
本当は、お母さんに笑ってほしくて
たくさん喋っていたけれど、
その日から、それが自分になった。
性格、
好きなもの、
嫌いなもの、
お母さんが思ったものが、自分になる。
それが「隼人」なんだ。
だから、「隼人」と呼ばれると
自分だと思えた。自信があった。
だけど、施設に入ってから、
喋らなくなった、好きなものも、
嫌いなものもどんどん変わった。
そうしたらなにが「自分」なのだろう。
お母さんの「隼人」はもういなくなった。
一番簡単だったはずの質問の答えが、
今はどうしても分からない。
床に散らかったおもちゃを一つ拾った。
真ん中を押すとピーーと音がした。
そのとき、不思議な感情になった。温かいような、不安なような、
でもその答を隼人はもう知っていた。
それは愛おしい気持ちだ。
そして、写真に写っているのが誰なのかということにも、
隼人には一つ心当たりがあった。
隼人は予想をしてから見ることにした。
「……千華のウエディングドレス姿…」
目に入ったのは予想通りの写真だった。
でもここで、隼人は矛盾に気づいた。
ほとんど決めつけだったけど、
同時に自分の中の確信にも気づいた。
千華が結婚したなら、相手は誰だろう。
そう考えたとき、
自分以外は考えられない。
だって千華を好きだったのも、
千華が好きだったのも自分なのだから。
でも、だとしたらここは未来の世界?
だって今自分は、高校三年生なのだから。
分からない。
どうしても繋がらない。
そのとき、
見つめていた写真立てのガラスに
突然ひびが入った。
そして、辺りは煙に包まれている。
この煙はよく知っている。
ここにきて、
分かってきたことがもう一つあった。
断片の世界では、
人は関係が深かった何かで表される。
お母さんが涙や震えた声、
千華が恋心、
だったらこの煙りは、父親。
幸せのあふれるこの空間が
崩れて行くようだった。
そして煙は隼人も取り巻いた。
息を吸う度に気持ちの悪い匂いが
体に充満するようだった。
自分もこの憎い煙になってしまうようで
とても恐ろしい。
逃げたい。
どうしておれがこんなめに。
どうしておれだけこんなに
つらい思いするんだよ。
おれもこの憎い存在になるのか。
いやだ、いやだ、
もしそうだとしてもこいつだけには
この思いはさせない、絶対に、
え…?こいつってだれ?
自分でも分からない、
無意識にでた言葉だった。
前にもきっと、そう思ったときがあったんだ。
そうだ…。
不幸は忘れた頃にやってきた…。
ここがどこなのかも、
この煙の意味も隼人は思い出した。
でも、自分が誰なのかは
どうしても分からない。
でもそれは違う、
きっとわかりたくないのだ。
矛盾を取り除くには納得しなければ
ならない事実があることに、
この時気づいた。
だがそれは、信じがたいもので、
どこかで否定している自分がいる。
信じてきたものが
嘘だったときの感情というものは
悲しさを通り越して諦めになった。
隼人は「はは…」と
感情のない笑いをこぼした。
千華は施設を出たあと
三ヶ月後に学校を中退したが
定時制に通い、大学に合格した。
千華が施設を出た二年後、
隼人は高校卒業し、施設を出た。
バイトをいくつも掛け持ちし、
大学に進んだ。
入学時期は違ったが、
そこで千華と再会した。
千華の母親は余命半年と言われていたが
千華の献身的な看護のおかげで
余命宣告を覆し、
千華の大学合格を聞いたあと、
静かに息を引き取った。
だが、
バイトをいくつもしながら勉強をし、
看病で寝る間もない生活は
やはり長くは続けられなかったのだ。
でも千華はそのことを笑顔で語っていた。
高校を卒業できなかったことは
悔しいけれどお母さんを幸せにできて私、本当に幸せ、そういっていた。
月日は二年流れていたが、
千華への気持ちは変わらなかった。
それは千華も同じで、
二人の差が縮まるのに
そう時間はかからなった。
大学を卒業し、隼人は公務員になった。
プロポーズはクリスマスの日だった。
イルミネーションをみている
千華の幸せそうな横顔を
いつまでも見ていたいと思った。
指輪を千華の指にはめたとき、
結婚式はしないと
お互いわかっていたから、せめて、
そう思い、誓いのキスをした。
小さな一軒家を買った。
お金なんてなかったけど
どこまでだって頑張れる気がした。
一年半後、長男が生まれた。
二人が出会った「春」と、
希望の「希」をとって、
「春希」と名付けた。幸せだった。
幼い頃の悲しさも苦しさも
この幸せで隠してしまおうと思った。
毎日のように床にはおもちゃが
散らかった。気づくと壁に
絵がかいてあった。全てが愛おしい、 永遠に続け、そう何度も祈った。
祈る隼人の胸に、いつかこの幸せが
終わってしまうのではないか、
壊されてしまうのではないか、
そんな不安があった。
でも、それが静かに近づいていることに
隼人は気付かなかった。
ある日仕事場で携帯が鳴った。
千華からだ。
「もしもし」
「あの、
こちら南区総合病院のものですが、」
そのとき、思考が停止した。
この時点で千華に
何かがあったのは明らかだった。
「藤内様のご家族でいらっしゃいますか?」
「夫です!千華に何かあったんですか!」
「奥様が先ほど事故に巻き込まれました!
すぐにこちらに
運び込まれたのですが、
すぐに意識をなくされたので
この携帯を使わせていただきました。
今はかろうじて安定した状態ですが
まだ意識は戻らず、安心はできません。
急いでいらしてください!おきをつけて!」
千華、死ぬなんてありえないだろ?
死なないよな?
どうせ着いたときには
あの笑顔がみれるんだろ?
隼人はまた、
答のでない質問を繰り返した。
ハンドルを握る手に、汗がにじむ。
自動ドアなんて手でこじ開けた。
病室にかけつけるとそこには
人工呼吸器をつけた傷だらけの
千華がいた。すぐに医者が来た。
今の容体を説明されたが
そんなの耳に入ってこなかった。
だから千華がどうして事故に遭って、
どんな怪我をしているのか
それを知ったのはその日の夜、
保育園から連れてきた春希を、
病室に待たせて詳しく
二回目の説明を受けたときだった。
それまではただ、千華の手を握っていた。
千華の容体は見た目より
ひどいものだった。左足と肋骨の二本が
骨折し、体には無数の打撲があった。
頭もつよく打っていて
後遺症がのこる可能性があると言われた。
千華は子供を助けようとしたらしい。
道路に飛び出した子供を追いかけて
向こう側の歩道に突き飛ばした。
子供は傷はひどかったが
命に別条はなかった。
だが千華はそのまま
トラックにはねられた。
隼人は母親を思い出した。
悪いのは飛び出した方じゃないか…。
でも、意識が戻らないことが
何より辛かった。その日から、
午後5時半に保育園に寄り
春希と一緒に病院にいき、
毎日声をかけつづけた。
花も買ってかざった。
その日、千華の祖母と祖父にあった。
祖母は千華の手を握り涙を流していた。
祖父は隼人に頭を下げた。
「隼人くん…だったかな?
千華から話は聞いていたよ。」
隼人は頭を下げた。
「春希、これでジュース買っていいから
外にいなさい。」
「わかった!!」
春希はそういって走って病室を出た。
「どうして…この世の中は優しい人が
傷つくようにできているんだろうね……。」
悲しい目をして祖母は言った。
隼人は唇を噛み締めた。
「千華は…本当に優しい子よ…。」
祖母は微笑みながらそう言った。
前が歪んだ。
祖父は静かに話しはじめた。
「千華には本当にすまないことをしたよ。
千華の父親で私の息子、
賢一はガンで死んだんだ。
千華の母親は、佐代子さんは、
毎日必死に看病していた。
私たちもできる限り手伝った。
だが家も離れていて佐代子さんの
支えになることはできなかった。
葬式の時、
佐代子さんは一滴も涙を流さなかった。
あの人は心が壊れてしまった…
それほど賢一を愛していたんだ。
それから、佐代子さんは
全く連絡をしてこなくなった。
だけど時々電話かけると、
大丈夫です、と言っていたから
私たちはしばらく会わなかった。
……だから…
私たちが千華が施設にいることを
知ったのはもう施設に入ってから
3年も経ったあとだった…。」
そういって祖父は目を強く閉じた。
「佐代子さんが千華を捨てて
他に男の人とすごすなんて思いも
しなかった……。」
涙が祖母の頬をつたった。
「施設にいるとわかってからすぐに
千華に会いに行ったよ。
何度も謝って、いまからでも一緒に暮らさないかと聞いた。
でも千華はだれも責めなかった。」
「だれも悪くないよ。
来てくれてありがとう。本当にうれしい。
でも、私、ここがすきなの。
お母さん、元気にしてた?
きっとお母さんにとっては
あの男の人が大切なのね。
私よりも大切なんだから
きっといい人なんだね。
私もここに大切な人がいるの。
絶対離れたくないの。だから…ごめんね。」
「千華は私たちになにも言わせなかった。
きっとあの時の大切な人は隼人くんだったんだと思うよ。」
祖父と祖母が帰ってから、
隼人はもう一度千華の手を握りしめた。
「お父さん…三人でまた公園行けるよね?」
春希は不安そうに隼人を見つめた。
隼人は春希を抱きしめた。
「当たり前だ。」
目を開ける前から、
なぜか幸せな気持ちでいっぱいだった。
最初に目に飛び込んできたのは
散らかったおもちゃだった。
ここがどこだか分からない。
でも、知らない家のはずなのに、
何がどこにあるのか、
考えなくてもわかった。
まるで、
前から知っていたかのようだった。
ふと、棚の上に写真があるのに気づいた。
でも、
その写真に写っているのが誰なのか、
それが分からなくても
この場所にあふれる幸せの源は
その写真のようなきがした。
もう一度、最後の質問を思い出した。
自分が誰かなんて、
今となっては証明できないことだ。
幼い頃は、確かにおれはおれだった。
いつかお母さんは、
隼人は喋るのが好きね、と言った。
本当は、お母さんに笑ってほしくて
たくさん喋っていたけれど、
その日から、それが自分になった。
性格、
好きなもの、
嫌いなもの、
お母さんが思ったものが、自分になる。
それが「隼人」なんだ。
だから、「隼人」と呼ばれると
自分だと思えた。自信があった。
だけど、施設に入ってから、
喋らなくなった、好きなものも、
嫌いなものもどんどん変わった。
そうしたらなにが「自分」なのだろう。
お母さんの「隼人」はもういなくなった。
一番簡単だったはずの質問の答えが、
今はどうしても分からない。
床に散らかったおもちゃを一つ拾った。
真ん中を押すとピーーと音がした。
そのとき、不思議な感情になった。温かいような、不安なような、
でもその答を隼人はもう知っていた。
それは愛おしい気持ちだ。
そして、写真に写っているのが誰なのかということにも、
隼人には一つ心当たりがあった。
隼人は予想をしてから見ることにした。
「……千華のウエディングドレス姿…」
目に入ったのは予想通りの写真だった。
でもここで、隼人は矛盾に気づいた。
ほとんど決めつけだったけど、
同時に自分の中の確信にも気づいた。
千華が結婚したなら、相手は誰だろう。
そう考えたとき、
自分以外は考えられない。
だって千華を好きだったのも、
千華が好きだったのも自分なのだから。
でも、だとしたらここは未来の世界?
だって今自分は、高校三年生なのだから。
分からない。
どうしても繋がらない。
そのとき、
見つめていた写真立てのガラスに
突然ひびが入った。
そして、辺りは煙に包まれている。
この煙はよく知っている。
ここにきて、
分かってきたことがもう一つあった。
断片の世界では、
人は関係が深かった何かで表される。
お母さんが涙や震えた声、
千華が恋心、
だったらこの煙りは、父親。
幸せのあふれるこの空間が
崩れて行くようだった。
そして煙は隼人も取り巻いた。
息を吸う度に気持ちの悪い匂いが
体に充満するようだった。
自分もこの憎い煙になってしまうようで
とても恐ろしい。
逃げたい。
どうしておれがこんなめに。
どうしておれだけこんなに
つらい思いするんだよ。
おれもこの憎い存在になるのか。
いやだ、いやだ、
もしそうだとしてもこいつだけには
この思いはさせない、絶対に、
え…?こいつってだれ?
自分でも分からない、
無意識にでた言葉だった。
前にもきっと、そう思ったときがあったんだ。
そうだ…。
不幸は忘れた頃にやってきた…。
ここがどこなのかも、
この煙の意味も隼人は思い出した。
でも、自分が誰なのかは
どうしても分からない。
でもそれは違う、
きっとわかりたくないのだ。
矛盾を取り除くには納得しなければ
ならない事実があることに、
この時気づいた。
だがそれは、信じがたいもので、
どこかで否定している自分がいる。
信じてきたものが
嘘だったときの感情というものは
悲しさを通り越して諦めになった。
隼人は「はは…」と
感情のない笑いをこぼした。
千華は施設を出たあと
三ヶ月後に学校を中退したが
定時制に通い、大学に合格した。
千華が施設を出た二年後、
隼人は高校卒業し、施設を出た。
バイトをいくつも掛け持ちし、
大学に進んだ。
入学時期は違ったが、
そこで千華と再会した。
千華の母親は余命半年と言われていたが
千華の献身的な看護のおかげで
余命宣告を覆し、
千華の大学合格を聞いたあと、
静かに息を引き取った。
だが、
バイトをいくつもしながら勉強をし、
看病で寝る間もない生活は
やはり長くは続けられなかったのだ。
でも千華はそのことを笑顔で語っていた。
高校を卒業できなかったことは
悔しいけれどお母さんを幸せにできて私、本当に幸せ、そういっていた。
月日は二年流れていたが、
千華への気持ちは変わらなかった。
それは千華も同じで、
二人の差が縮まるのに
そう時間はかからなった。
大学を卒業し、隼人は公務員になった。
プロポーズはクリスマスの日だった。
イルミネーションをみている
千華の幸せそうな横顔を
いつまでも見ていたいと思った。
指輪を千華の指にはめたとき、
結婚式はしないと
お互いわかっていたから、せめて、
そう思い、誓いのキスをした。
小さな一軒家を買った。
お金なんてなかったけど
どこまでだって頑張れる気がした。
一年半後、長男が生まれた。
二人が出会った「春」と、
希望の「希」をとって、
「春希」と名付けた。幸せだった。
幼い頃の悲しさも苦しさも
この幸せで隠してしまおうと思った。
毎日のように床にはおもちゃが
散らかった。気づくと壁に
絵がかいてあった。全てが愛おしい、 永遠に続け、そう何度も祈った。
祈る隼人の胸に、いつかこの幸せが
終わってしまうのではないか、
壊されてしまうのではないか、
そんな不安があった。
でも、それが静かに近づいていることに
隼人は気付かなかった。
ある日仕事場で携帯が鳴った。
千華からだ。
「もしもし」
「あの、
こちら南区総合病院のものですが、」
そのとき、思考が停止した。
この時点で千華に
何かがあったのは明らかだった。
「藤内様のご家族でいらっしゃいますか?」
「夫です!千華に何かあったんですか!」
「奥様が先ほど事故に巻き込まれました!
すぐにこちらに
運び込まれたのですが、
すぐに意識をなくされたので
この携帯を使わせていただきました。
今はかろうじて安定した状態ですが
まだ意識は戻らず、安心はできません。
急いでいらしてください!おきをつけて!」
千華、死ぬなんてありえないだろ?
死なないよな?
どうせ着いたときには
あの笑顔がみれるんだろ?
隼人はまた、
答のでない質問を繰り返した。
ハンドルを握る手に、汗がにじむ。
自動ドアなんて手でこじ開けた。
病室にかけつけるとそこには
人工呼吸器をつけた傷だらけの
千華がいた。すぐに医者が来た。
今の容体を説明されたが
そんなの耳に入ってこなかった。
だから千華がどうして事故に遭って、
どんな怪我をしているのか
それを知ったのはその日の夜、
保育園から連れてきた春希を、
病室に待たせて詳しく
二回目の説明を受けたときだった。
それまではただ、千華の手を握っていた。
千華の容体は見た目より
ひどいものだった。左足と肋骨の二本が
骨折し、体には無数の打撲があった。
頭もつよく打っていて
後遺症がのこる可能性があると言われた。
千華は子供を助けようとしたらしい。
道路に飛び出した子供を追いかけて
向こう側の歩道に突き飛ばした。
子供は傷はひどかったが
命に別条はなかった。
だが千華はそのまま
トラックにはねられた。
隼人は母親を思い出した。
悪いのは飛び出した方じゃないか…。
でも、意識が戻らないことが
何より辛かった。その日から、
午後5時半に保育園に寄り
春希と一緒に病院にいき、
毎日声をかけつづけた。
花も買ってかざった。
その日、千華の祖母と祖父にあった。
祖母は千華の手を握り涙を流していた。
祖父は隼人に頭を下げた。
「隼人くん…だったかな?
千華から話は聞いていたよ。」
隼人は頭を下げた。
「春希、これでジュース買っていいから
外にいなさい。」
「わかった!!」
春希はそういって走って病室を出た。
「どうして…この世の中は優しい人が
傷つくようにできているんだろうね……。」
悲しい目をして祖母は言った。
隼人は唇を噛み締めた。
「千華は…本当に優しい子よ…。」
祖母は微笑みながらそう言った。
前が歪んだ。
祖父は静かに話しはじめた。
「千華には本当にすまないことをしたよ。
千華の父親で私の息子、
賢一はガンで死んだんだ。
千華の母親は、佐代子さんは、
毎日必死に看病していた。
私たちもできる限り手伝った。
だが家も離れていて佐代子さんの
支えになることはできなかった。
葬式の時、
佐代子さんは一滴も涙を流さなかった。
あの人は心が壊れてしまった…
それほど賢一を愛していたんだ。
それから、佐代子さんは
全く連絡をしてこなくなった。
だけど時々電話かけると、
大丈夫です、と言っていたから
私たちはしばらく会わなかった。
……だから…
私たちが千華が施設にいることを
知ったのはもう施設に入ってから
3年も経ったあとだった…。」
そういって祖父は目を強く閉じた。
「佐代子さんが千華を捨てて
他に男の人とすごすなんて思いも
しなかった……。」
涙が祖母の頬をつたった。
「施設にいるとわかってからすぐに
千華に会いに行ったよ。
何度も謝って、いまからでも一緒に暮らさないかと聞いた。
でも千華はだれも責めなかった。」
「だれも悪くないよ。
来てくれてありがとう。本当にうれしい。
でも、私、ここがすきなの。
お母さん、元気にしてた?
きっとお母さんにとっては
あの男の人が大切なのね。
私よりも大切なんだから
きっといい人なんだね。
私もここに大切な人がいるの。
絶対離れたくないの。だから…ごめんね。」
「千華は私たちになにも言わせなかった。
きっとあの時の大切な人は隼人くんだったんだと思うよ。」
祖父と祖母が帰ってから、
隼人はもう一度千華の手を握りしめた。
「お父さん…三人でまた公園行けるよね?」
春希は不安そうに隼人を見つめた。
隼人は春希を抱きしめた。
「当たり前だ。」