暗闇と炎
5、後
帰り際、
祖父と祖父にできることがあるなら
なんでもやるよ。言ってね。
優しくそういわれた。
だがまだ人と深く関わるのには
抵抗があった。
だからできるだけ一人こなそうと思い、
家事は全てひとりでやった。
迷惑をかけるわけにもいかなかった。
でも、気持ちにも限界があった。
千華はいっこうに目を覚まさない。
このまま…。
そう考えると悪夢にうなされた。
隼人は日に日に追い詰められた。
そして、とどめを刺すように
ある日の朝、男が現れた。
酒と煙草の臭いがして、
一瞬で父親だと分かった。
自分の中で憎しみが
沸き上がって来るのが分かった。
むなぐらに掴みかかりそうになる自分を
かろうじてとめていたのは
わずかな期待だった。
彼からの謝罪の一言を一心に求めた。
だが、彼から発せられた言葉は、
金がないから貸せ。
それだけだった。
怒りより先に涙で前が見えなくなった。
「帰れ。二度と来るな。消えろ!!!!!」
その声で春希が起きた。
心配そうにこちらを見ている。
隼人は笑顔で、
なんでもないよ、
早く支度しな、そういった。
舌打ちしながら歩いていく父親が
目のはしに映っていた。
病院から帰ってきたとき、
隼人は春希をすぐに家の中に入れ、
おとなしくまっているよう言った。
父親がまた来ていたのだ。
隼人は父親を人目のつかない空地に
連れ出した。父親は何度も金をせびった。
「なぁ隼人金くれよ、
お願いーすこしでいいんだー
お願いだよー………愛してるよぉ隼人ぉ」
隼人はその瞬間おもいっきり父親を殴り、むなぐらにつかみ掛かった。
「どんな気持ちでここにきた!!!!!」
「おれがその言葉をどれだけ
言われたかったか分かるか!!!!!」
「愛されない辛さが
お前に分かるか!!!!!」
「答えろよ!!!!!おい!!!!!」
激しく体を揺すった。
父親にあたったって
どうにもならないことくらい分かってた。
でも、一度あふれてしまった憎しみはとどまることを知らなかった。
涙が出てきて止まらなかった。
声が震えた。
「背中の傷覚えてるかよ?
お前の煙草でできた火傷だよ!!!
この傷もこの傷も!
お前がつけた傷は一生消えない!!!
お前の声もお前の匂いも大嫌いだ!!!」
「やっと…幸せ見つけたんだよ…
やっと独りじゃなくなったんだよ…
なのに!!おれはいつになったら
解放されんだ!!!!!
もう…お願いだから壊さないでくれよ…
頼むよ…」
隼人は膝から崩れ落ちた。
父親の服をつかんだまま何度も何度も
頼んだ。
父親は去った。
隼人は空地で泣きつづけた。
春希の前に行くときは笑った。
泣き顔を見せないと誓った。
だが、もう限界だった。肉体的にも
精神的にも、もうぼろぼろだった。
そのとき、優しい声を思い出した。
なんでも言ってね。今は一人じゃない。
助けてくれる人がいる。
隼人は電話をかけて、
春希を預かってもらうことにした。
「春希、これからおばあちゃんち
泊まってもらうけどいい?」
遠くに住んでいてあまり
あったこともないからいやがると思った。
だが、春希は笑顔でこう言った。
「分かった!」
ほっとした。隼人は春希の頭を撫でた。
「でもあんまりながくはやだよ。
むかえにきてね。」
隼人は、はっとした。
自分は父親と同じことを
しているのではないか。
春希のその笑顔には
不安と恐怖が入り混じっていることを
一瞬でも考えただろうか。
そう考えたとき、自分の父親が
どんなに過酷な世界を生きていたのかが分かった。
父親の両親は隼人が
生まれる前にすでに他界し、
母親の両親は九州に住んでいて、
預けるなんて無理だ。
千華は意識は戻らないが、確かに
生きている。だが母親は事故に遭い、
救急車で運ばれている途中にもう
息を引き取った。
父親は別れの言葉も言えなかったのだ。
そして、今、おれも一人で
春希を育てられなくなっている。
当時の父親もそうだったにちがいない。
仕事一筋の父親だったから、
子育てはきっと俺よりも苦痛だったに違いない。
もしかしたらあのまま父親は俺のことを殺していたかもしれない。
あの時、施設におれを預けたことは父親にとって最善だったと言うのだろうか。
おれの幸せを祈ってのことだったのか…?
おれはこの十五年間、
ずっと父親のことを恨んできた。
いつかあいつの不幸を嘲笑ってやる。
どん底だったとき、
その憎しみがおれをはい上がらせた。
なのに、どうして今さら気づくんだよ。
苦しさも、悲しさも、
九歳のおれには何一つ見せなかった。
父親として、そんなことできるわけない。
そんな簡単なことに
どうして気づけなかった。
憎しみなんて持ちたくなかった。
誰とでも心から笑って
当たり前のように愛し愛されて、
そんな日々を送りたかった。
お前に捨てられた日から、
おれの世界は終ってた。
現実から目を背けてた。
恐怖しかなかった。
千華に救われて、幸せが訪れた。
この幸せは
永遠じゃないといけなかったんだ。
でも、もう限界だ。
なんで、今なんだよ。
とどめをさしにきたのか?
おれが苦しむのがそんなに楽しいのか?
せめて最後まで最低な人間でいてくれよ。
おれを愛していなかったんだろ?
邪魔だったから預けたんだろ?
違うなら、違うと言ってくれ。
愛しているなら…愛していると…
どうしてあの時、施設に預けるとき、
一言、愛していると
言ってくれなかった。
その一言でおれが救われることを
知ってたはずだ。
おれが、大好き、とお前に言う理由を
お前が一番知ってたはずだ。
なのになんで…
おれがずっと求めていたものは
何だったんだよ。
おれが憎んでたのは何だったんだよ。
もとからあって、おれが
気付かなかったのが悪いのかよ。
その言葉を聞いていたら、
おれの世界は変わってた。
誰かと関わるのに恐怖を感じることも、
実の父親を毎日憎んで
過ごすことも無かった。
愛しさを隠して憎みつづける苦しさが、
お前に分かるか。
あの瞬間俺は光を失ったんだよ。
おれの光を返してくれ。
おれの世界を返してくれよ。
祖父と祖父にできることがあるなら
なんでもやるよ。言ってね。
優しくそういわれた。
だがまだ人と深く関わるのには
抵抗があった。
だからできるだけ一人こなそうと思い、
家事は全てひとりでやった。
迷惑をかけるわけにもいかなかった。
でも、気持ちにも限界があった。
千華はいっこうに目を覚まさない。
このまま…。
そう考えると悪夢にうなされた。
隼人は日に日に追い詰められた。
そして、とどめを刺すように
ある日の朝、男が現れた。
酒と煙草の臭いがして、
一瞬で父親だと分かった。
自分の中で憎しみが
沸き上がって来るのが分かった。
むなぐらに掴みかかりそうになる自分を
かろうじてとめていたのは
わずかな期待だった。
彼からの謝罪の一言を一心に求めた。
だが、彼から発せられた言葉は、
金がないから貸せ。
それだけだった。
怒りより先に涙で前が見えなくなった。
「帰れ。二度と来るな。消えろ!!!!!」
その声で春希が起きた。
心配そうにこちらを見ている。
隼人は笑顔で、
なんでもないよ、
早く支度しな、そういった。
舌打ちしながら歩いていく父親が
目のはしに映っていた。
病院から帰ってきたとき、
隼人は春希をすぐに家の中に入れ、
おとなしくまっているよう言った。
父親がまた来ていたのだ。
隼人は父親を人目のつかない空地に
連れ出した。父親は何度も金をせびった。
「なぁ隼人金くれよ、
お願いーすこしでいいんだー
お願いだよー………愛してるよぉ隼人ぉ」
隼人はその瞬間おもいっきり父親を殴り、むなぐらにつかみ掛かった。
「どんな気持ちでここにきた!!!!!」
「おれがその言葉をどれだけ
言われたかったか分かるか!!!!!」
「愛されない辛さが
お前に分かるか!!!!!」
「答えろよ!!!!!おい!!!!!」
激しく体を揺すった。
父親にあたったって
どうにもならないことくらい分かってた。
でも、一度あふれてしまった憎しみはとどまることを知らなかった。
涙が出てきて止まらなかった。
声が震えた。
「背中の傷覚えてるかよ?
お前の煙草でできた火傷だよ!!!
この傷もこの傷も!
お前がつけた傷は一生消えない!!!
お前の声もお前の匂いも大嫌いだ!!!」
「やっと…幸せ見つけたんだよ…
やっと独りじゃなくなったんだよ…
なのに!!おれはいつになったら
解放されんだ!!!!!
もう…お願いだから壊さないでくれよ…
頼むよ…」
隼人は膝から崩れ落ちた。
父親の服をつかんだまま何度も何度も
頼んだ。
父親は去った。
隼人は空地で泣きつづけた。
春希の前に行くときは笑った。
泣き顔を見せないと誓った。
だが、もう限界だった。肉体的にも
精神的にも、もうぼろぼろだった。
そのとき、優しい声を思い出した。
なんでも言ってね。今は一人じゃない。
助けてくれる人がいる。
隼人は電話をかけて、
春希を預かってもらうことにした。
「春希、これからおばあちゃんち
泊まってもらうけどいい?」
遠くに住んでいてあまり
あったこともないからいやがると思った。
だが、春希は笑顔でこう言った。
「分かった!」
ほっとした。隼人は春希の頭を撫でた。
「でもあんまりながくはやだよ。
むかえにきてね。」
隼人は、はっとした。
自分は父親と同じことを
しているのではないか。
春希のその笑顔には
不安と恐怖が入り混じっていることを
一瞬でも考えただろうか。
そう考えたとき、自分の父親が
どんなに過酷な世界を生きていたのかが分かった。
父親の両親は隼人が
生まれる前にすでに他界し、
母親の両親は九州に住んでいて、
預けるなんて無理だ。
千華は意識は戻らないが、確かに
生きている。だが母親は事故に遭い、
救急車で運ばれている途中にもう
息を引き取った。
父親は別れの言葉も言えなかったのだ。
そして、今、おれも一人で
春希を育てられなくなっている。
当時の父親もそうだったにちがいない。
仕事一筋の父親だったから、
子育てはきっと俺よりも苦痛だったに違いない。
もしかしたらあのまま父親は俺のことを殺していたかもしれない。
あの時、施設におれを預けたことは父親にとって最善だったと言うのだろうか。
おれの幸せを祈ってのことだったのか…?
おれはこの十五年間、
ずっと父親のことを恨んできた。
いつかあいつの不幸を嘲笑ってやる。
どん底だったとき、
その憎しみがおれをはい上がらせた。
なのに、どうして今さら気づくんだよ。
苦しさも、悲しさも、
九歳のおれには何一つ見せなかった。
父親として、そんなことできるわけない。
そんな簡単なことに
どうして気づけなかった。
憎しみなんて持ちたくなかった。
誰とでも心から笑って
当たり前のように愛し愛されて、
そんな日々を送りたかった。
お前に捨てられた日から、
おれの世界は終ってた。
現実から目を背けてた。
恐怖しかなかった。
千華に救われて、幸せが訪れた。
この幸せは
永遠じゃないといけなかったんだ。
でも、もう限界だ。
なんで、今なんだよ。
とどめをさしにきたのか?
おれが苦しむのがそんなに楽しいのか?
せめて最後まで最低な人間でいてくれよ。
おれを愛していなかったんだろ?
邪魔だったから預けたんだろ?
違うなら、違うと言ってくれ。
愛しているなら…愛していると…
どうしてあの時、施設に預けるとき、
一言、愛していると
言ってくれなかった。
その一言でおれが救われることを
知ってたはずだ。
おれが、大好き、とお前に言う理由を
お前が一番知ってたはずだ。
なのになんで…
おれがずっと求めていたものは
何だったんだよ。
おれが憎んでたのは何だったんだよ。
もとからあって、おれが
気付かなかったのが悪いのかよ。
その言葉を聞いていたら、
おれの世界は変わってた。
誰かと関わるのに恐怖を感じることも、
実の父親を毎日憎んで
過ごすことも無かった。
愛しさを隠して憎みつづける苦しさが、
お前に分かるか。
あの瞬間俺は光を失ったんだよ。
おれの光を返してくれ。
おれの世界を返してくれよ。