桃の天然水‐桃天!‐
「…ああ、図書室の反対側にある第2保健室。入ったことなかった?」
確かにここは、デザイン科とはあんまり縁がないかもしれない。遠いし。エリート棟とかって呼ばれてたりするし、ここらへん。
「第2…?」
案の定、桃ちゃんは首をひねった。
まだ眠そうに目をこすっている。ゴシゴシゴシゴシ。
あれだけ力強くこすってるってことは、目にメイクをしてないらしい。
すげー、素であんなにかわいーんだ。へえ。
個人的に目にコテコテの化粧をする人が好きじゃない俺は、好感を持った。
「うん」
俺が頷くと、桃ちゃんは感慨深げに大きく頷きながら、
「だ、第2保健室なんかあったのか…」
すぐに「先輩がここに(運んでくれたんですか)?」って質問が来ると思っていた俺は、拍子ぬけ。
「え、そこ?」
思わず短くツッコミを入れてしまった。
「ほ?」
…「ほ」、て。
なんかなー、寝ぼけてんのかね、この子は。
「ん、何でもないよ」
あーあ、面白くねえなあ。
先生もクラスの奴らも、みんな俺の予想通りの行動とってくれんのに。
ぜんっぜん思い通りにならねーし。
「あのう…隆司さ、じゃなくて、隆先輩」
細い声で至極丁寧に尋ねられたから、慌てて黒い考えを心の隅に追いやり、いつもの営業スマイルを浮かべた。
「なんでしょう?」
「つかぬことをお伺いしますが…、あの、ここにあたしを運んだのって」
遅えよ。
「ああ、俺」
投げやりに答えて、しまった、と思った。
でも当の本人は俺の口調など気にも留めずに、
「あ、ありがとうございます…」
と深々と頭を下げてきた。