卯月の恋
総務課に入ると、カキモトケイスケ課長の席は空っぽだった。
ラテを飲みながら、パソコンを起動させて、予定表を開くと、カキモトケイスケ課長は有給をとっているらしい。


「娘さんの参観だって」


きれいな巻き髪をリボンバレッタでまとめながら、秦野さんが隣で言う。

それから、少し声をひそめて、金曜日、大丈夫だった?と心配そうに聞いた。


「あたし、カラオケに行ったあたりから記憶なくってさ。気付いたら、宮内いないし、回りに聞いたら、途中で帰りました、って聞いたけど…ちゃんと、帰れた?」


秦野さんはそう言いながら、私の頭の先から爪先までまじまじと見て、無事だったみたいね、と結論付けた。


「川崎さんがタクシーで送ってくれたので」


メールを確認しながら言うと、秦野さんはぎょっとしたように目を見開いて、

「川崎くんに!?それで大丈夫だったの?」

と少し大きな声を出してから、慌てて周りをキョロキョロする。


「大丈夫って…。何がですか?」


「いや…、大丈夫なら大丈夫。うん」


秦野さんは、うんうんうんと曖昧に頷きながら、よくぞご無事で…と意味不明な言葉を呟いた。

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