卯月の恋
あっという間にパンプスもワンピースもびしょぬれになってしまったけれど、うちに着いたらすぐに暖かいお風呂に入ろう、とそればかり考えながら走った。


マンションにつくと、雨に当たらないというだけでホッとした。

雨に濡れたパンプスが歩くたびに、いやな音をたてる。

靴も服も一刻もはやく脱ぎ捨てたい。


前髪からしたたる滴を手の甲で払いながら、部屋の鍵を出そうとぐちゃぐちゃのバッグの中を探る。


「あれ…、ない?」

嘘…。


部屋の前の廊下に、バッグの中身を全部出して並べてみる。

ハンカチ
ティッシュ
財布
化粧ポーチ
携帯
スケジュール帳
バレッタ
キャンディとグミ
ミネラルウォーター
読みかけの小説
朝、駅でもらったチラシ
キャラクターのボールペン
ハンドクリーム
歯ブラシセット



不思議なポケットみたいに、私のバッグからは次々にものが出てくるけど、マンションの鍵だけが見当たらない。



どうしよう…。
さっき、タオルを引っ張り出した時に落としたのかもしれない。


探しに行こうかと立ち上がり、さっきより強く降る雨の音に怖じ気づいた。

こんなにびしょぬれなのにまたこの中を歩く…?
本当にそこにあるかわからないのに?



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