卯月の恋
鍵を落とすなんて、子どもじゃあるまいし。
明日からは紐に通して首からさげとこう、なんて下らないことを考える。

現実逃避というやつ。

濡れた服が冷たくて、前髪からこぼれる滴がうっとおしくて、廊下にぺたんと座り込んだままうつむいた。


「…ぐすっ」



「なにしてんの?」


急にすぐ近くで声がして、びくっと肩が跳ねる。

あまりに驚いて、顔をあげられない。


「…なんか、怖いんだけど」



ゆっくり顔を上げると、濡れた髪の隙間から、ごわごわと私をのぞきこむ玲音が見えた。


「やっぱアンタか」

玲音はほっとしたようにそう言った。

確かに、びしょぬれで廊下にすわりこむ髪の長い女はちょっとしたホラーかもしれない。

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