卯月の恋
慌てて涙を拭った。
どうせ顔もびしょぬれだから、雨だか涙だかわからないかもしれないけど、玲音はすぐ泣く女は嫌いだから。


「…鍵をなくしちゃって」

立ち上がりながら、出来るだけ明るい声を出した。


見ると、玲音はスーツ姿で髪もきちんとしている。
仕事に行こうとしたら、部屋の前に私がいたわけだ。

「あ、ごめんなさい。邪魔ですよね」

廊下に散らばるバッグの中身を片付けながら、廊下のすみに寄って、玲音にどうぞどうぞ、と言ったのに、玲音は立ち止まったまま、私をじっと見たままだ。


「…どうするつもり?」


「どうって…そうですねぇ」


どうしようかなぁ、とひとごとみたいに呟く。


「とりあえず雨がやんだら、駅前に行って探してみて…なかったら交番かなぁ…。
届けられてなかった場合、交番で泊めてくれますかね?」



玲音は、すげぇとなぜか感心したような声を出し、私を凝視したまま廊下の壁にとん、ともたれかかった。


「ここまでのバカ、初めて見た」


あ、そういう感心ですか…。


「計算なのかとか思ったけど、本物のバカなんだ…」


玲音はまるで珍獣を見たみたいに、口をわずかに開いて、目を丸くする。

玲音はいつもあまり表情を変えないから、そんないつもと違う顔が見れてラッキーだなんて、また現実逃避をする。



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