卯月の恋
ドアの隙間から、最初に見えたのは、玲音だった。
仕事帰りだろう。
スーツ姿の玲音からはタバコの香りがした。


どうしたの?そう聞こうとした時、玲音の隣にいた女の人と目があった。


「――…だれ?」


女の人は玲音の腕に自分の腕をからませるようにして、かすれた声を出す。


女の人の長い巻き髪から、強い香水の匂いがする。
肩の露出したピンクのドレスときれいにネイルされた指先に意味もなく一瞬怖じ気づいた。



私だって。
私だって聞きたい。

玲音、その人はだれ?と。

私に聞く権利などなくても。






「…隣の人じゃない?」



これは玲音の声?
玲音、そんな声だった?
まるで初めて聞くみたい。
まるで知らない人みたい。




「凜香ちゃん、行こ」



玲音は、女の人の腰に腕を回すと、自分の部屋の鍵をあけて中に入らせる。



「うるさくしてごめんなさいね?」




女の人が振り向き様にそう言って笑った。

そして、ドアはバタンと閉められた。


片方だけなくした手袋みたいに惨めな私を一人残して。

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