いと。
彼女は本当に酒に強かった。
仕事柄色々と飲んでいる俺よりもしかしたら…いや、おそらく強いだろう。
「これは辛口ですね~。」
甘めのカクテルを出した後、試しに冗談半分で出してみた『アースクエイク』を難なく飲みながら感想を言う彼女の表情は飲む前と変わらない。
その名前の由来どうり飲むと地震がきたように足元が揺れるというこのカクテルは、俺だってヤバい。
決して酔わせてモノにしようと思ったわけじゃないが、少し打ち解けるきっかけにくらいはなるかと思ったのに。
『指先にちょっとだけつけて舐めてごらん』
そう勧めた俺に対し、彼女は『平気だと思います』そう言って口をつけ、少しずつグラスをあけていった。
「…酒の力が何のキッカケにもならないなって顔してますよ?店長さん。」
苦笑いを浮かべる俺にお見通しとばかりにそう声をかけた彼女は、やっぱり顔色ひとつ変えずにそのアルコール度数の高いグラスを弄んでいた。
……これはこれで面白いか。
「いや、一緒に色んなの試せそうで嬉しいよ。…そういえば食事は?
フードメニューはそんなに置かないけど、得意のビーフシチューだけはあるんだ。
食べていってよ。」
ビーフシチューは修行していたお店のマスターが教えてくれた特別レシピだ。
『君になら教えてもいい。そのかわりいい店を作りなさい。』
そう言ってもらえた時は嬉しかった。
それをぜひ、彼女にも食べさせたい。
「あ……少しならいただきます。少食なんでたくさんは食べられなくて。」
「そうなの?どれくらいにする?」
「……えっと、お茶碗に一杯くらい?」
「少なっ!だからそんなに細身なのか。納得したよ。」
最初出逢った時から細いなとは思ってたけどこれしか食べないなら当然か。
なんせまだカクテルは二杯目、添えたナッツは殆ど手をつけていない。
「……もっと食べろって言わないんですか?」
「……その方がいい気もするけど言わないよ。好みも量もそれぞれだろ?強要することじゃない。」
「……………」
「なんで少食かはちょっと興味あるけどね。」
「…………食べる楽しみって教わらなかったというか、食事が苦痛だったりした時期もあったので…。」
「………………食べるの好きじゃないの?
でも、誰かと楽しく食べるなら進む?」
それは素直に出た疑問だった。そして言われた彼女はふと、グラスに落としていた視線を上げた。
「…友達と食べててもそんなに変わらないですよ。」
「家族は?」
「……………いません。」
なんだ、その不自然な間は。聞いちゃいけなかったか。
「……彼氏は?」
「…いません。そもそも彼氏と食事するのもあんま好きじゃなくて。」
「……は?何で?」
「少ししか食べないんで、美味しくないかつまんないのかと思われるんです。」
「なるほどね。でも理由をちゃんと説明すれば平気でしょ?」
「んー、なんか頑張って食べさせようとされるんです。
『俺なら…』みたいな。
それも苦痛で…。
しかも私、だからって可愛く大人しく従える方じゃないんで口論になって結局別れたり。」
「…そういうことか。」
だから『言わないんですか…』か。
「ま、なんでもいいよ。はい。」