いと。
夕食の支度をしていると、いつの間にかじっと見られていることに気づいて手が止まってしまった。
「な…なんですか?そんなに見られるとやりづらいんですけど。」
「…………。」
「あの、戸澤さん?」
「…………違う。」
「へ?」
メガネをクイっと直しながらスタスタと歩み寄ってきた彼は私の目の前でピタリと止まり、静かに口を開いた。
「………ヨウ。」
「え?…用ですか?用事?何か……」
「違う。ホントにバカだなお前。俺の名前。曜って呼べって言ってんの。」
「え?名前?…なんでいきなり……。」
「いつまでも『戸澤さん』じゃヤダ。それに敬語使われるのも仕事みたいでキライ。
しかもオレ、年上って訳じゃないし。」
「………………。」
考えてもみなかった。名前とか、敬語とか、年とか………。
「………え?年下?うそ!?」
「は?聞いてないのかよ。お前25だろ?オレは23。」
「聞いて………どうだろ?
でも絶対私よりエ…………っと。」
『私よりエラそう』
思わずそう出かかった口にブレーキをかけて視線を外すと、逃がさないとばかりに顎を捉えられる。
「…っと!ちょっと!酷いです、反抗できないからって!」
揚げ物の下準備をしてた私の両手は小麦粉やパン粉にまみれていてとてもじゃないけど反撃に使えそうもない。
「エラそう…って言おうとしたろ、今。」
「そんなことないです!気のせい…っ!」
間近に顔を寄せられて怯んでしまう。心まで見透かされてしまうような切れ長のクールな瞳。
「……………まぁいい。呼べよ、曜って。そしたら許してやる。」
「なっ!なんですかそのエ…上から目線の物言いは!?」
「あ?いいから呼べよ………愛。」
視線が刺さる。文句は言わせないという強さと、その陰に少し…そう呼んでほしいと願う弱さのようなものが入り混じった視線。
「………………はぁ。いいよ、曜。
これからはそう呼ぶ。敬語も使わない。だからご飯の支度させて?」
観念してそう伝えると、顎を抑えていた手はやっと離れてくれた。
「………あ、あぁ。もう敬語使うなよ。」
そう言い残してアッサリとキッチンを出る彼…曜の、耳は赤く染まっていた。