いと。

「…ワンピ、乾いたかな。

私、そろそろ帰りますね。」

…これ以上一緒にいるのは良くない。

本能がそう言っている気がして、寄り添っていた肩を離れて立ち上がる。

「…え?帰るって…本気?」

心配そうにそう聞いてくる薫さんに目一杯明るい声で返事をする。

「もちろん。これ以上は迷惑かける気ないです。話も終わったし!

じゃ、着替えるのでバスルームお借りし……っ!」


バスルームに向かおうと背中を向けた瞬間、温もりに襲われる。


その温もりは私からいとも簡単にブランケットを剥がし、代わりにそれ自身でキツくキツく、決して離さないとばかりに私を、包み込む。

半ば乱暴なようで…それでいてやっぱり、どこまでも優しい。

「…薫さん。ダメですよ。

いくら可哀想に思えても、哀れに思えても、こんなことしないで下さい。

そんな風に扱われるのは嫌なんです。同情も哀れみも身内から散々……

だからもう要らないです。

………離してください。」

「…………………」

薫さんは何も言わない。

「薫さん?」

「…………………」

何も言わないけれど…、その腕は私を離してくれそうもない。

「薫……っ!」

性急に、塞がれた唇。

「…んっ!……っ!やめ……っ、あっ!」

息もできない。さっきとは違う…激しく求めるキス。

腕を突っ張って胸を押してみるけれど、逃がさんとばかりに腰と頭を支えられ、抵抗をいとも簡単にとじこめてられてしまう。

「…っ!薫さん…っ。く…るし……っん。」

唇がゆっくりと離れ、僅かにリップ音が耳に届く。

かと思うと…

「…あっ!」

耳にも、まるで喰むようにキスをされ身をよじってしまう。

そして胸に顔をうずめるように抱きしめられて、優しく…囁かれた。


「……………愛(いと)。」


その響きにビクリと、肩が震える。

「………愛。俺やっぱり、君が愛しい。」

その声は切なく、苦しく、私の胸に染みる。

「……っ!薫さん!」

「同情なのか、哀れみなのか、考えてみたけど違うよ。」

「え…?」

今、何て?

「どっちも違った。やっぱり俺は、ただ君が好きなんだ。愛おしいんだ。」

彼の掌から心が流れてくるみたいに、溢れるような愛しさを感じる。

「………薫さん?」

「俺はずっと君を見てきて、好きになった。欲しいと思った。

かわいそうな君を守りたいと思ったわけじゃない。

…………愛。

俺に……俺だけに、そう呼ばせて?

必ず、世界一、幸せな名前にするから。」


ひとつひとつ紡がれる言葉に、心の底が……そこにある『何か』が震える。

「だいたい君、同情されなきゃならないほど弱くないでしょ?」

「………それ…って、どういう意味…?」

「過酷な運命背負っても、ちゃんと笑顔で自分の人生を作って歩いてきたんだろ?

……十分だよ。

十分強いよ。……お酒もね。」

「………お酒は、余計では…?」

ふと、顎に手をかけられ、視線を絡み取られる。

「何でもいいんだ。俺は愛しい人のそばにいたいだけ。君の笑顔を見たい、疲れてたら癒してあげたい、悲しかったら抱きしめてあげたい…それだけなんだ。

………愛。

君を…君の心も身体も、……名前も、俺に委ねて。」

「……………」

私を『愛しい』と語るその唇が………吸い込まれるように近づいてくる。

そして柔らかく…優しく、触れたと感じるのと同時に…私の瞳からは涙が零れた。


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