常務サマ。この恋、業務違反です
一瞬ドキッと瞬いて、私はジッと高遠さんを見つめた。
その視線に気付いているのか、高遠さんは黙ってパソコンを注視したまま。
やがて焦れたように不機嫌な声を出した。


「……なんだよ。資料はちゃんと見ておくから」

「いえ、他にやることはないかな、って聞きたいんです」

「え? ああ……じゃ、決裁箱の書類に役印ついておいて」

「はい。わかりました」


いつもとそう大差ないやり取りの間も、高遠さんは一度も私を見ようとしない。
それどころか、なんだかどんどん不機嫌が募っていくような気がする。


「……だから、何ジロジロと……」

「あの、高遠さん。もしかして」


苛立つ声を遮って、私は一歩高遠さんに近寄った。
そしてまたしても高遠さんがビクッと身体を震わせた。
その反応で、なんとなく、わかってしまった気がする。


「……もしかして、すごい照れてます?」


九十九パーセント確信しておきながら、私は探るように声を低めた。
その途端、高遠さんは呼吸すら止めた。
わかりやすいくらい素直な反応に、今度は私の方が息を止めた。


「変なこと言ってないで、デスクに戻れ」

「あの、今朝のことなら、私気にしません。って言うか、あれは事故! 事故ですから!」


高遠さんの返事も聞かずに、私はただ言い募った。
私だって必死なのに、その上高遠さんにまでこんな態度を取られたら、今日一日、本当にまともに仕事出来なくなってしまう。


「別に、俺はっ……!!」


完全に決め付けたような私の言い方に、高遠さんも反射的に声を上げてバッと私を降り仰いだ。
そして、始業時間以降初めて、私と高遠さんの視線が正面からぶつかった。
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