常務サマ。この恋、業務違反です
人事部長にいい印象を持たれていないことは身に沁みてわかるけど、ただそれだけの理由で身辺調査をするなんて思えない。
だから加瀬君に言われるまでもなく、私も心のどこかでその可能性を考えていた。


どうして?って疑問が後から後から湧いて来る。
恋人なのに、私に直接聞けないこと?
こんな風に裏から手を回して調査しなきゃいけないことって何?


理性を保って冷静に考えようとすればするほど、心に暗雲が立ち込める。


『お前さ、それでも高遠さんに信頼されてる、って胸張って言えるか?
まだ出会って一ヵ月足らずの人なのに、自信持てるのか?』


そんな素っ気ない文章が、私の反論の芽を簡単に摘み取っていく。


『自信』


そんなの、どうやって持てと言うんだろう。
だって私は、航平の信頼を一身に受けるような人間じゃない。


それでも航平が好きだから、本当のことを航平にちゃんと告白したい。
そうじゃないと、私は航平の隣にいる自分にいつまでも自信を持てない。


それなのに、こんな『業務命令』って酷過ぎる。


『秘書』を辞めて仕事に復帰する。その理由を航平になんて話せばいい?
新しい仕事に移ったの。そう報告して、その会社名と仕事をどう説明すればいい?


携帯の画面を落として、そのままバッグに突っ込んだ。
ちょうど降りてきたエレベーターに乗り込んで、三十階のボタンを押す。
ドアが閉まるのを眺めながら、私は壁にもたれ掛かって低い天井を見上げた。
そして、ほとんど無意識で溜め息をついた。
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