常務サマ。この恋、業務違反です
廊下に足を踏み出した途端、私はギクッと立ち竦んだ。


きっちりとスーツを着込んだ人事部長が、少し先のドアから出て来るのが見える。
小脇に白い封筒を挟んでいる。
私に気付くと、おや、と言いながら眉をひそめた。


「お、お疲れ様です」


妙な緊張で顔が強張るのがわかる。
人事部長は軽く会釈を返しながら私の前で立ち止まった。


「ちょうどよかった。部長は御在室ですか」


口調だけは慇懃。向けられる視線が、心なしかいつもより刺々しく感じる。


「はい。一時から社長とランチに行かれますけど」

「そうですか。それでは直ぐに確認していただく時間はないですね」


腕時計で時間を確認する人事部長が抱える封筒。
なんだか胸騒ぎがして、私はそれから目を離せない。


「それ……」


思わずそう呟いた私の視線に気付いて、人事部長は自分の小脇に意識を向けた。


「高遠さんのところに持って行くんですか」


声が上擦らないように必死にトーンを抑えながら尋ねると、ええ、と短い返事が返ってきた。


「頼まれていた調査報告書ですよ」


一度だけ、鼓動が一際大きくリズムを狂わせた。
思わずゴクッと息を飲むと、人事部長はどこか冷ややかな目で私の反応を眺める。
そんな表情をほんの一瞬で打ち消すと、今度は何故だか機嫌良さそうに笑った。


「部長からもだいぶ急かされてましたんでね。やっと報告書が纏まって良かったです」


そう言って、人事部長は私の前を通り過ぎる。
私は立ち尽くしたまま、身体中至る所で血管が脈動してるような感覚に陥った。
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