常務サマ。この恋、業務違反です
航平は無言のまま、ドアノブから手を引っ込めた。
そして、ほんの数歩で私の前に戻ってくる。


「……中、見た?」


頭上から短い言葉で問われて、私は首を振って否定した。


「そっか。じゃあ、佐藤さんから何か言われた?」


続く質問にも首を振る。
恐る恐る顔を上げると、航平が困ったように横に視線を流して、口元を右手で押さえていた。


「……派遣元に、人事部長から人物照会があったって聞いたから」


目を伏せながら呟くと、航平がゆっくり私に視線を向け直すのを感じた。


「……それも、あの営業担当の男からの情報か」

「お願い、聞いて、航平!」


小さな息を吐きながらボソッと呟く航平を、私は思い切って真っ直ぐ見上げた。


「……時間だから、行って来る。話は後で聞くから」


私を避けるように顔を背けてあっさり背を向けると、航平は再びドアに向かって大股で歩いて行く。


「待って、航平っ……!」


その背中を追い掛けようとして、足がもつれた。
よろけてバランスを崩す私に一瞬だけ視線を向けてから、航平はドアを開けた。


「なるべく早く切り上げて来るから」


そんな一言を残して、ペタンと床に膝をついた私の前で無情にもドアが閉められる。
そこに航平の背中はもう見えないとわかっていながら、私はぼんやりと唇を開いた。


「……もう、嘘つきたくないんだよ……」


涙が零れて来る気配を感じて、私は大きく鼻を啜った。
グッと天井に大きく顔を向けて、胸元から封筒を解放した。


この激情に全てを委ねたまま、航平に全部話してしまいたかった。
なのにこうしてインターバルを設けられてしまったら、私は嫌でも冷静になる。


こんな状況で感情と理性の間でジレンマを抱えても。
『業務命令』って言葉が足枷になるのは、私がただの雇われOLだからだ。
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