常務サマ。この恋、業務違反です
渋り切った苦い表情を浮かべて黙る部長を、私は目力を緩めることなくジッと睨み続ける。
一人だけ立ったまま、加瀬君は妙におろおろと行ったり来たりしている。


長い沈黙の後、宥めるように声を発したのは部長だった。


「葛城君。君もうちの社員ならわかるだろう。
これ以上の潜入は、現状危険だと判断した。社員の安全を図る為の撤退命令だ。君は一体何が不満だと言うんだ」


痺れを切らした部長が眉間の皺を一層深く刻み込んで、大きく背凭れに背を預けた。
そんな上司の姿を見つめたまま、私は膝の上でギュッと拳を握った。


昨日――。
私はウェイカーズを出たその足で、本来のオフィスに駆け込んだ。
ほとんど殴り込みのような登場の仕方に、加瀬君も慌てて私を宥めにかかった。


運悪くというか、良くというか。部長は一日中外出で、勢いのまま直訴することは叶わず。
一夜明けた今、冷静になった思考状態で仕切り直した。


朝から会議室に詰めて、もう一時間近く経つ。
なのに、会話はほとんど平行線で、歩み寄りも進展の兆しも見られない。


「部長、撤退の理由については、葛城もちゃんと理解してます。ただ……」


この場の仲裁のつもりなのか、加瀬君が私の横顔を窺いながらそう言った。


「じゃあ、なんだ。わかっているくせに撤退出来ない理由はなんだ?」

「部長、ちゃんと戻ります。でも、このままじゃ戻れないって言ってるんです!」


私は身を乗り出してテーブルをドンと拳で叩いた。


「一言……ウェイカーズの高遠さんに、説明して謝りたい、それだけなんです」


テーブルに置いた拳が、微かに震えた。
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