常務サマ。この恋、業務違反です
唇を噛んで俯く私にこれ見よがしな溜め息をついて、部長は加瀬君をチラッと見上げた。


「加瀬君。君は葛城さんに業務命令を連絡しなかったのか?」

「……しました」

「彼女には、他言を禁ずる、という意味がわからないようんだな。一から説明してやれ」


話にならん、とでも言いたげに、部長はふんぞり返って足を組んだ。
そんな傲慢な態度に、心の奥の方で何かがピシッと音を立ててひび割れたような気がした。


「部長はっ……。人を騙し続けることがどれだけ辛いか、考えたこともないんですかっ……」


思わずそう声を上げて、拳に力を籠めた。


「葛城、落ち着け」


勢いで腰を浮かせ掛けていた私を、加瀬君が窘める。


「部長とは俺が話す。だからもう少し辛抱してくれ」

「これ以上どう辛抱しろって言うのよっ……!」


更にドンと音を立ててテーブルを叩くと、加瀬君も言葉を失った。
それを見て、私はキッと部長を再び睨み付ける。
部長は忌々しそうに私から目を逸らした。


「……我社の非をわざわざ説明して暴露することに何の意味がある。少しの間一緒に働いただけで情でも移ったか? ……ああ」


胸の前で腕組みして、そっぽを向いていた部長が、自分の言葉に導かれるようにニヤッと口元を歪ませた。


「聞いたところによると、相当な色男らしいな。葛城さんも惑わされた張本人だとか」


蔑むように嫌らしく笑う部長の声に、私は思わず目を見開いた。
加瀬君が気まずそうに目を逸らすのがわかる。


「大体の想像は出来たんだが……なるほど、これまでスタッフが定着しなかった理由は高遠取締役部長のセクハラか?」


デスク越しに立ち上がった部長が軽く身を乗り出して来て、私は反射的に身を引いた。
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