常務サマ。この恋、業務違反です
今、私が一番大事に思うものは何か。
思い知ってしまったから、今ここで何が起きても、怖くなんかない。


「これ以上、業務命令は聞けません」


大きく息を吸ってから、吐きだすようにそう言った。


「葛城っ!?」


目を剥いた部長より先に、加瀬君が反応した。
私が何を言い出そうとしているか、わかり切ってるその顔。


そんな加瀬君を横目にしながら、私は立ち上がった。


「私、本日限りで……」


真っ直ぐ部長を睨みつけて口を開いた時、会議室のドアが勢い良く開いた。
私も部長も加瀬君も、ほとんど同時にその音の根源に目を向ける。
そして。


「あっ……」


そこに、思いも寄らない人の姿を見た。
誰よりも先に私が反応して、言葉を飲み込んだ。


「誰だ、君はっ」


突然の乱入者に、部長がこめかみに青筋を立てながら叫んだ。


「突然すみません。私、ウェイカーズ証券取締役部長の高遠と申します」


この場の誰よりも場にそぐわないのに、誰よりも貫録のある姿。
部長は呆気に取られた表情のまま、航平が差し出した名刺を惰性で受け取って、一気に顔色を失うと目を白黒させた。


「ウェ……ウェイカーズのっ……!?」

「平素よりお世話になっております。
葛城さんに至急の用があったんですが、連絡がつかず……。担当の加瀬さんにも取り次いでもらえなかったんで、直接出向いて来ました」


さっきまでの緊迫感が一気に薄れて行くのを感じる。
私はただバカみたいにポカンと口を開けて、部長と飄々と会話をする航平を見つめてしまう。
加瀬君も目を丸くして、部長だけが動揺を隠せず空回っている。
< 190 / 204 >

この作品をシェア

pagetop