常務サマ。この恋、業務違反です
そんな空気も意に介さず、航平は軽く腕組みして肩を揺らしてクッと笑った。


「あんまり大声で話してるんで、聞こえてしまいました。……こんなとこで噂されるほど、私は有名人じゃないはずなんですけどね」


どこまでも涼しい表情で、航平はただ真っ直ぐ部長を見下ろす。
笑顔だからこそとても怖い。横から見上げたその瞳は、部長に対して強い嫌悪を滲ませている。


当然部長も感じているはずだ。より一層顔を蒼白にさせて、わなわなと唇を震わせている。
それでも何も言えずにいるのは、今この瞬間自分の立場が相当マズいとわかっているからだろう。


「そちらにはそちらの事情もおありかと存じますが、彼女との契約期間はまだ有効なはずです。
葛城さんがいないと、仕事が全く片付かなくて困るので、本日のところは一旦連れ帰らせて頂きます」


どこまでも丁寧に柔らかい物腰で、航平は私にチラッと視線を向けた。
そして、私の腕をグッと掴む。


「いたっ……!」


強引に私の腕を引く力の強さに思わず声を上げた。
私からは斜めの角度でしか見えないけれど、航平が本当は物凄く怒ってることが感じられる。


私の叫び声を聞いて、部長が我に返ったように大きな音を立ててテーブルを叩いた。
そして、威厳を取り戻すように、意味もなくネクタイを直しながら航平の背中に吠えかかる。


「ま、待ちたまえ、高遠取締役! す、スタッフに暴行とは……やはりあなたの行動が原因で……」


こんな状況でも自分が可愛い部長に、言いようもなく嫌悪感が湧き上がった。


「違います! 高遠さんはっ……」


思わず反論した私を、航平の腕が軽く止める。


「いい。そう思ってくれて」


冷静なその低い声に、私は言葉を失う。
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