常務サマ。この恋、業務違反です
一言で派遣社員って言っても、全員が完璧なお仕事能力を持ってる訳じゃない。
就活戦争に負けて就業経験ゼロのまま登録する人もいるし、正直なところ、お仕事以前に社会常識レベルで難有りのスタッフだっている訳で……。


「でも……。去年の段階で、うちから紹介するスタッフのグレードは上げたよね。
それに伴って、クライアントの申し出で時給も大幅アップしたんだし」


目線を無駄に宙に彷徨わせながら首を傾げると、そう、と頷いて加瀬君が大きく肩を落とした。


「むしろ、先方は少しぐらい能力が落ちても長期就労してくれる人、って言ってくれてるんだ。それなのに、人件費を割いてくれてる」

「それほどに、秘書を雇いたいって切実に思ってるってことだよね……」


クライアントはそこまで譲歩しているんだから、むしろ多少の難点は飲み込んででも契約更改を申し入れて来るはずだ。
それでも契約を終了するってことは、やっぱりスタッフに問題があったってことなんだろうか。


「もしかしたら、さ……。実際に上司になるエグゼクティブが問題なのかもしれない」


難しい顔で考え込んだ私に、加瀬君がシレッとそう言った。


「どんな人なの?」


私が訊ねると、加瀬君は少し決まり悪そうな顔をして、知らない、とボソッと言った。
それを聞いて、私は一瞬きょとんとして、そして直ぐに、はああ?と目を剥いた。


「し、知らないって、何!?」

「文字通り。俺も会ったことないんだ」

「だって、スタッフはそのエグゼクティブの秘書業務に就くんだよね。
直属の指揮司令官なのに、なんで加瀬君が知らないの!?」

「いつも忙しい人で、スタッフの職場見学の時にも同席したことがないんだ」


問題はそこじゃないか!?と突っ込みたくなるのを辛うじて我慢した。


「二年も担当してて、会ったことないなんておかしいじゃない!」
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