常務サマ。この恋、業務違反です
「ああ、そっか……。いいよ、近場なら。俺は三十分で出るけど」


特に表情を変えずにそう呟いて立ち上がる高遠さんに、私は慌ててそれを止めた。


「ん? 何? 昨日のお礼に奢って欲しいって言ってるんじゃないのか?」


予想外のセリフを予想以上に素の顔で言われた。
私は一瞬あ然としてから、


「違います!!」


全力疾走した後みたいに息を切らして、叫ぶようにそう言った。
今度は高遠さんの方が驚いて目を丸くしている。


「昨日のは、いいって言ったじゃないですか。お礼して欲しいなんて思ってません」

「なんだ。そうなの?」


本気できょとんとしている高遠さんに、なんだか身体の力が一気に抜けるような気がした。


と言うか……今までのスタッフはこうやって高遠さんをランチに連れ出したりしたんだろうか。
そう考えるとなんだかとても居たたまれない気分になって、この上お弁当なんか差し出せない。


「それなら、俺のことは気にせず行って来ていいよ、休憩」


そう呟きながら再び座り込んで、放り投げた書類を手に取るのを眺めて……。


もう、ヤケだ。
やっぱりこの人は、私が戻って来るまでここで仕事するに決まってる。


私はデスクの上に置いた紙袋を高遠さんのデスクにデン、と置いた。
書類を眺める視界を阻まれて、高遠さんが一瞬固まった。


「良かったら、どうぞ。いらなかったら捨てて下さい」

「え?」


一気に言い切った後、高遠さんが私を見上げて来た。
その視線に晒されているのがどうにも恥ずかしくて、私はクルッと高遠さんに背を向けた。


「お、お昼行って来ます!」

「あ、おい、葛城さん!」


背後で、ガタッと音がして、高遠さんが立ち上がったのがわかる。
私はあまりの恥ずかしさに立ち止まるどころか振り返ることも出来なくて、自分の分のお弁当を抱えて、執務室から飛び出していた。
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