常務サマ。この恋、業務違反です
そのまま加速し続ける鼓動を抑えるように、私は無意識に胸に手を当てる。
何も言えない私に焦れたように、高遠さんはゆっくり自分の椅子を引いて腰を下ろした。
そして、頬杖をついて私から顔を背けながら、ボソッと一言呟いた。


「葛城さんの方は、残飯整理の意味しか無くても、俺は嬉しいから。
……だから、気が向いたらまた持って来てくれると嬉しい」

「っ……」


それならまた作って来ますね!と明るく笑えたら、この胸のドキドキを意識しなくて済んだのに。


私から表情を隠した高遠さんの耳が、ほんのり赤く染まっているのを、私は見つけてしまった。
この状況で照れてる意味を深読みしてしまって、言いようもなく胸が高鳴る。


それでも、お弁当を持って来たことに、深い意味なんかない。
自分でそう言ったのに、その言葉を裏切ることは出来なくて。


「わ、わかりました」


私は意味もなく背筋を伸ばして、高遠さんから目を逸らしながら高飛車に言い放った。


「こうでもしないと、高遠さん、まともに食事することも忘れちゃう人だし。
残り物で良ければ、また持って来ます」


あああ、可愛くない!
自分の言葉に自分でそう突っ込みながら、妙な歯痒さを感じた。


「サンキュ。助かるよ」


高遠さんの方がよっぽど素直だ。
チラッと盗み見ると、高遠さんはどこか照れ臭そうな表情で軽く前髪を掻き上げている。
そんな様子に、私の胸は更にドクンと音を立てる。


そんな顔しないでよ。ただ食欲に負けただけだって言われた方が、よっぽど割り切れるのに。


それきり、私も高遠さんも黙って自分のデスクに着くと、パソコンに向かって仕事を始めた。
一心不乱に仕事をしているように見せかけながら、私はずっと、すっかり平静を取り戻した高遠さんの横顔を窺っていた。


頭の中では……明日は何のお弁当にしようか。
そんなことばかり考えていた。
< 74 / 204 >

この作品をシェア

pagetop