常務サマ。この恋、業務違反です
M-4 自覚せよ!
アメリカ系大手銀行の東京本社での打合せを終えて、高遠さんは颯爽とエレベーターから降りた。
その一歩後を必死に早歩きで追い掛けながら、私は道行く人達をチラチラと観察した。


男性も女性も忙しなく脇目も振らずに歩いている。
それなのに、誰もが擦れ違いざまに高遠さんを振り返る。


極上のエリートっていうのは、尋常じゃないオーラでも発しているのか。
思わずそう首を傾げてしまうくらい、嫉妬混じりの羨望の視線をその身に纏わり付かせながら、高遠さんは真っ直ぐ前を向いて歩いて行く。


総合受付で入館証を返却すると、高遠さんは軽く息をついて私を振り返った。


「次の予定、何時からだっけ?」


ここ数日、ほとんど分刻みのスケジュールが続いていた。
次の訪問先への移動時間だけが彼にとってのリラックスの場というように、高遠さんは私の返事を待ちながら軽くネクタイを緩める。


「経団連の会議が大手町で十四時からです」


今日一日のスケジュールくらいなら、手帳を確認しなくても答えられる。
私の返事を聞いて腕時計を見遣ると、高遠さんはほんのちょっと目を丸くした。


「なんだ。今日は割と余裕があるな」


現在時刻、正午を少し回ったところ。本当は、そこで驚かないで欲しい、と言いたい。


「高遠さん。世間一般じゃお昼の時間ですよ。
ここんとこスケジュールが立て込んでたんで忘れてるかもしれませんけど、出来ればこの時間はいつも予定外しておきたいんです」


書類を詰まった分厚く膨れた黒いカバンを抱えながら、私は眉間に皺を寄せて溜め息をついた。


「皮肉か。俺の外出に同行させるようになってから、あんたまでまともに休憩時間取れなくなってるもんな」


クッと肩を揺らして笑う高遠さんに、私は思わず唇を尖らせた。
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