常務サマ。この恋、業務違反です
「……高遠さん?」


佇む高遠さんの隣に立って、私は首を傾げて見上げた。
高遠さんはジッと桜を見つめてから、ああ、と短い息を吐く。


「葛城さん、今年桜見た?」

「え? ああ、お花見ってほどじゃないですけど、通勤途中に満開になってるのを眺めてました」


いきなりなんだろう?と思いながら返事を返すと、高遠さんは黙ったまま足を踏み出して通りの雑踏に混じって行く。


「あ、待って」


慌ててその後に従うと、私に背中を向けたまま、高遠さんはボソッと一言呟いた。


「この時期はいつも忙しくて。気付いた時にはいつも桜は散ってる」

「え?」

「……いや、この時期はいつも、ほとんど社内に缶詰だから、いつの間にか桜が咲いて気付かぬうちに散ってても、当たり前か」


その言葉に、私は思わず立ち止まった。


通り過ぎる間にふと頭上を見上げるどころか、高遠さんは満開の桜の下を歩くことも出来ないくらい忙しい人。


だからこそ……意識して休息の時間を作ってあげなきゃいけない。


「……それじゃあ、来年は……」


少しでも外を歩く時間をスケジュールに組み込みますね。


そんな一言を呟こうとして、私は辛うじてそれを止めた。


来年、って。
私、何を考えてそんなことを考えたんだろう。
一年後どころか、夏を迎える前に、私は本来の職場に戻るのに。
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