常務サマ。この恋、業務違反です
「アメリカ本社の人事部長ですか?」

「そう。俺にとっては、数年前の上司、なんだけど」

「そんな! 大事な人じゃないですか!」


そんな人からのアポイントを見逃していたのか、と思うと、顔面蒼白になりそうだった。
それでも高遠さんは表情も変えずに、通りに軽く身を乗り出して空車タクシーを探している。


「いいんだよ。どうせ、面倒な話になるだろうし。……あ、葛城さんはランチ行っていいよ。
次の会場で、現地集合してくれれば。また、御馳走する機会失くして悪いけど」

「いえ、私も一緒に戻ります!」


一緒に戻ったところで、何も出来ないことはわかってる。
それでも、高遠さんの休憩が潰れたのに、一人でのうのうとランチを過ごせる訳がなかった。


高遠さんの隣に立って、必死に背を伸ばして腕を伸ばす。
それに気付いたタクシーが、ウィンカーを灯しながら私達の前に滑り込んで来た。


高遠さんの後から私が乗り込むと、自動でドアが閉まる。
私は軽く身を乗り出してオフィスビルの名前を告げてから、シートに背を預けた。
走り出したタクシーの中で、高遠さんがチラッと私に視線を向けたのがわかる。


「……俺、いつになったら葛城さんに御馳走出来るんだろうな」


微かな笑い声を耳にしながら、私はただ俯いた。


「だから……お礼なんか本当にいいんです。だって、私は……」


高遠さんに取り入って、真相を暴こうとしてる最低なスパイ。
それを言えないまま黙り込むことすら、どうしようもなく卑怯だって思った。
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