2番目の唇
「まあ、明日まではなんとかなるだろ」
焦りの見えない声の背後で、一緒にいるらしい数人の笑い声がした。
「そう、ですか」
葛西さんがそう言うのなら、きっと大丈夫なんだろう。
いいかげんそうに見えるこの人が、実は頼りになる上司だということは私も皆もよく知っている。
「今日はもういいから」
「わかりました。では、お先に失礼します」
「ああ。気をつけて帰れよ」
あくびをかみ殺したさらしい上司に、もう一度小さく笑って受話器を置くと、私は大きく伸びをして帰り支度を始めた。
夏のオフィスは全館管理の空調のせいか、冷たく、乾いている。
外の熱さを感じたのは、もう10時間以上も前のこと。
仕事が終わる頃にはいつも、自宅のバスルームが恋しくなってしまう。
汗ばんでいるくせに冷房で芯が冷えた体は、妙にベトついて気持ちが悪いのだ。
オジサンのようだと思われるだろうが、早く家に帰って熱いシャワーを浴び、冷えたビールを飲みたかった。
今日のように慌ただしく過ごした日は、特に。