会社で恋しちゃダメですか?
第一章



昨日のオフィスと今日のオフィスは、同じようでいてまったく違う。


池山園子は自分のグレーのデスクに座ると、花粉症対策のためにつけていたマスクを外した。
ふうと大きく溜息が出る。


「おはよう、園子」
隣に座る米崎紀子が不安そうな顔で声をかける。


「おはよう」
園子もつられて、不安げな表情を浮かべた。


「これからどうなるんだろう」
紀子は椅子に持たれながら、眉間に皺を寄せる。「まさかリストラとか、ないよね」


「う……ん、だといいんだけど」
園子は言った。


ここは日本橋にある老舗化粧品メーカー。老舗というと聞こえはいいが、今にも消えそうな弱小企業だ。
主力商品は美容クリーム、ただこの一点のみ。限られたドラッグストアでしか買えないが、肌の弱い女性の間では多少知られた商品で、それなりの売り上げを持っていた。けれど、一昨年ぐらいから他社のたくさんの商品に押され、徐々に売り上げがダウン。


昨日、とうとう、大手化粧品メーカーに会社を買収されるということが、社員に知らされたのだ。


「春なのに、このビル寒い」
紀子が引き出しからお気に入りのチェックの膝掛けを出す。


「仕方ないよ、もう築何十年? って感じだもの」
園子も同様に膝掛けを出す。


コンクリートの壁に、低い天井。暖房設備は古く、運転すると変な匂いがする。デスクの間は狭く、廊下には商品やパンフレット、サンプル品の入った段ボールが積み上げられている。たまに深夜残業をすると、無性にぞくぞくする、そんなビルだ。

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