会社で恋しちゃダメですか?
山科の頬がぐっと近くに見えると、あっという間に遠のいて行く。
唇に暖かさが残っている。
彼の黒い前髪が揺れて、瞳の中も揺れているように見えた。
山科の腕の力が抜けると、園子は崩れるように座り込んだ。
ガタンと大きな音を立てて、机の脇に背中を打ち付ける。
突然、頭から、冷たい水が振ってきて、園子は「きゃっ」と声を出した。
「あ、ごめん」
山科が慌てて園子の側に膝をついた。
床を見ると、フタがとれたミネラルウォーターが、転がっていた。
山科が自分のポケットからハンカチを取り出して、園子の髪をぬぐう。
「部長……」
園子は先ほどのことが信じられず、自分の唇を指で触る。
まだ感触を覚えてる。
「わたし……これ……」
うまく言葉にできない。
山科が園子の髪を拭きながら、迷っているような表情をする。
「忘れたほうがいいんですよね」
園子は小さな声で問いかけた。
山科の手がとまる。
うつむいて、動かない。
それから「あー、しまった」と言った。