会社で恋しちゃダメですか?
「池山さん?」
電話の向こうは、山科だった。
「部長」
「遅いじゃないか。今日は早く帰れる日だよ」
「そうなんですけど……終わらなくて」
園子が言うと、山科が黙る。それから「俺のせい?」と問いかけて来た。
「ちがいます。わたしがぼーっとしちゃって」
園子はあわててそう言った。
「なるべく早く帰りなよ」
「はい」
「それでさ、申し訳ないんだけど、僕のデスク見てくれるかな。名刺入れを忘れてないか、気になって」
「はい」
園子は電話を保留にして、部長の部屋へと向かった。蛍光灯をつけて、デスクの上を探す。
「あ、あった」
書類の間に小さなアルミ製の名刺入れが見つかった。
「もしもし。ありました」
「そうか。どうしようかな、明日朝一番で日榮ケミカルに行く予定なんだけど」
「もしよろしければ、今からお届けにあがりましょうか」
園子はそう言ってから、はっとする。この時間に山科のマンションになんか行ったら、まずいんじゃないだろうか。
「いや、いいよ。明日日榮に行く前に会社に寄るから」
山科が即座に断った。
園子はほっとしたのと、ちょっと寂しいので、複雑な気持ちになる。
「じゃあ、本当にすぐ帰るんだよ」
「はい」
「ありがとう。また明日」
山科はそう言って、電話を切った。